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ある日の昼休み。
昼飯は、たったの五分で終わらせといて、うちの学年だけ体育館にほぼ全員、集まっていた。
本日はそう、恋愛王者の一位決定戦の日だった。参加しないとひんしゅくを買うので(前回サボったら、かなりひんしゅくを買ったので)、とりあえず傍観者Aとして、俺も参加していたのだった。
「はい、それでは始まりまーす」
お調子者めがねの田中良助が、今回は司会のようだ。4クラス分の生徒が、わいわいしながら座っていた。
「それでは、各クラスの恋愛王者の皆様、前に出て来て下さい」
その言葉とともに、恋愛王者と呼ばれる人たちがやってきた。
実を言うと、事前に投票で決まった各クラスの恋愛王者がいる。うちの学年は四クラスあるから、四人だ。通称、恋愛四天王と呼ばれているのだが。
「高校社会の最高権力者達の登場だ!」
「すげー、カッコいい! 俺もいつか、ああなりたいよ」
「持って生まれた、才能なんですね。私はただ、彼らをあこがれているんです……」
羨望の目で見る生徒達を、俺は後ろから面倒くさそうに眺めた。
「恋愛王者決定戦は、まずは司会の私が軽く紹介をして、その後、本人達に軽くしゃべってもらいます。そして、最後に投票をして決定します。この人は恋愛の達人だ、という人に投票して下さいね。倫理道徳で裁かないこと、これが恋愛王者決定戦の唯一のルールです。恋愛について最も説得力のある人が、王者の名にふさわしいのです。……それでは、まずはA組の片桐くんです」
そう。うちのクラスでは、俺もそこそこ仲が良い、ピアスをして短髪を立たせた片桐仁が、恋愛王者だった。
ニヤッと笑った顔がウザいが、確かにモテる。セクシーな雰囲気が、どことなく漂っていた。
「ええと、まず、片桐仁くんを、司会の私から紹介させて頂きます」
軽くコホンと咳払いをして、田中は言った。
「通称、『恋愛アサシンの片桐』と呼ばれています。ハイエナのように人の彼女に近寄り、いつの間にか奪ってしまうという、恐ろしい人です。片桐くんに奪われて、恋愛法に触れた男は、年齢層を問わず数知れないとのこと。それは人の命を奪うアサシンのように、次々にカップルを殺していくことから、人々には恋愛アサシンと親しまれているのです」
片桐は声を張り上げて言った。
「どうも、片桐だ。……時間がないので、いきなりだが本題に入ると。恋愛とは、資本主義の自由だ。奪われたことを恨むのは、愚かなこと。恋愛における敗者の弁に、俺は耳を貸さない。恋愛とは、自由経済と同じように、常に自由でなければならない。ビジネスを進めていく上で、顧客を奪うことは悪なんだろうか。違うだろ? 相手がいる人とは恋愛出来ない、というのは、社会主義の発想だ。資本主義では、恋愛は特別に保護されていないし、自由でなければならない。俺は、現代の恋愛時代における、弱肉強食の王者として、この道を歩んでいきたい」
片桐は得意そうに締めくくった。
「片桐くん、ありがとうございました」
拍手とともに、片桐は退場。
次に出てきたのは、B組の女子。清楚なポニーテールの女の子だった。きゃしゃで、なよなよしている。スカートの丈も長くて、がり勉とタイプとは言わないまでも、しっかりと勉強してそうだった。
「次は、B組の町村かなさんです。通称、『恋愛聖人のかな』と呼ばれています。かなさんは、正攻法のおしゃれで、魅力たっぷりの女の子です。聖人という言葉に揶揄されるように、古典的な恋愛観を持っています。よく言えば良い子、悪く言えば馬鹿正直、と言ったら失礼ですが。とても性格の良い、素晴らしい子です。それでは、よろしくお願いします」
ペコリと謙虚にお辞儀をする。『恋愛聖人のかな』って確か、片桐が「一度つきあってふってみたい」とか言っていた女の子だよな。
町村は、聖人のように心のカラーを表情に出すことなく、ぽつりと言った。
「こんにちは、町村かなです。恋愛は、おしゃれして、お化粧して、好きな人同士で楽しめばいいと思います。性格が合えば付き合うし、そうじゃなければ別れるし。今も昔もそうだと思います。他に何があるんでしょうか。私の考え方を、一世代前の古典的な恋愛観と言う人がいます。しかし、恋愛する心が、人を好きになる思いが、歴史とともに変わるのでしょうか。私はそうは思わないのです。恋愛とは、いついかなるときも、時代の束縛を超越するものだと思います」
まあ、一般的な恋愛観という気がするけど。なんていうか、しゃべる言葉に覇気が感じられなかった。どうして、恋愛王者になれたのだろう? ……物静かだが、一方でそういう女性は清楚な感じがして、なんとなく人気があるのかもしれない。
町村の話が終わり、最後は拍手で締めくくった。
次は、C組の番だ。
「それでは、C組の内中要平くんです」
大柄で、頭にねじりハチマキをしている。手には七法全書。異様な格好だが、俺はわりと仲が良い。
内中という人物を、司会の田中が解説する。
「内中要平くんは通称『恋愛法律家のようへい』で親しまれています。内中くんは、恋愛法に精通しているだけでなく、あらゆる裁判の事例を勉強しています。そして、法律的観点で優れた恋愛とはどういうものかを追求する男だと聞いています。裁判所でも、複雑な案件の場合には、本職の弁護士も助言を乞いに来るという伝説すらあるほどなのです」
全く、解説の通りだ。「我輩」という口調は、初めてだと戸惑うかもしれないが、悪い奴じゃない。俺も何回か話したことあるけど、いろいろ親身に相談に乗ってくれる。良心的な性格で、恋愛嫌いな俺には、ものすごく良い相談パートナーだ。
恋愛しないでも逮捕されない方法とか、法の抜け道を丁寧に教えてくれた。……ちなみに一つは、近親相姦。つまり、お母さんと付き合っていることにすればいいらしい。俺が、「それはちょっとさすがに」と言うと、「実際に恋愛せずに、仮面カップルでいいんだ。でもこのやり方だと、お金がかかる」だと。理由は、昨年度から法律の改正で、近親相姦の場合は巨額の非道徳課税を納めなくてはいけなくなったからだそうだ。
もう一つは、「誰か知り合いのドリーム医にでもお願いして、恋愛病の認定を受ける」だそうだ。そうすれば、一年以上恋愛していなくても、恋愛法で罰せられない。その代わり、定期的にラブドラッグを飲むことが法律で義務づけられるけど。「まあ、それは飲まないで捨ててしまえばバレないと思う」、とのことだった。でも、あとで聞いたとこによると、恋愛病の認定を受けた時点で、まともな就職が出来なくなるし、大学だって、制限されるらしい。
だから、二つとも実行するつもりはないけど。万が一の切り札には出来そうだった。
内中は七法全書を握り締めて言った。
「内中です。皆様、恋愛とは、つまり法律なんですよ。それが、現代人はまだわかってないみたいなんですね。恋愛法があるというのはどういうことか。恋愛は国民の義務なんですよ。想いがどうとか、好きか嫌いかは、二の次のことなんです。義務教育を受けるように、税金を納めるように、腹が減ったらご飯を食べるのと同じように、恋愛は、しなくてはならないものなのです。いいですか、恋愛をしないのは、犯罪者なんですよ。どんな恋愛でもいいから、するんです。喜びでも、悲しみでも。恋愛はすることが尊い。途中のプロセスは一切関係ない、とは言いませんが、それほど大きなウェイトではないはず。日本国民として何よりも優先されるべきは、法の遵守なのです」
七法全書を抱えたまま、内中はお辞儀をし、話しを終えた。
最後は、D組の女の子。
ん、……あれは。
カラーコンタクトをした、黒髪に赤のメッシュが入った不良風の少女。
「D組のメイリーさんです」
……げげ。なんか、有名そうな奴だとは思っていたのだが。そうか、恋愛四天王の一人だったのか。ラブラブアイスで出会った、たぶん俺の彼女だと思われる、よくわからない女性が前に出た。
司会の田中は言った。
「本名、アズ・ロンゼル・メイリー」
うそつけ、両親は日本人だろ。
ええと、本名うんぬん以外にもしっくり来ない部分があるぞ。なんていうか、……恋愛四天王の一角にいるほどの女が、どうしてラブラブアイスの恋愛あっせんなんかに頼ったのか。モテない男向けの恋愛ボランティア? なんだか、うーん。
俺が首を傾げていると、田中は司会を続けた。
「メイリーさんは、『恋愛占い師のメイリー』として、親しまれています。恋愛占いをしては、アドバイスでカップルの運命を翻弄し、あらゆる恋愛を支配する女です。恋愛を生かすも殺すも占い次第と、メイリーさんはいつもおっしゃっています。……それではメイリーさん、よろしくお願いします」
メイリーは言った。
「あなたの恋の運命、見届けます。こんにちは、メイリーです。恋はすべて、占いで決めればいいのです。占いで決めた方がロマンチックですし。恋の運命なんて、論理的思考で決めるものではありません。流されるままに流された方が、楽しい恋が出来ます。恋愛は、頭で考えてするものじゃないです。運命に身をゆだねて、溺れるがままに溺れる快楽。それが恋愛です。確かに、『恋愛は法律』というのは、現代においてその通りかもしれません。でも、私は法律だからというよりも。運命のままに、占うがままに、楽しく恋に溺れることを支持します。その方が皆さんも楽しいと思いませんか?」
いよいよ、投票タイムだ。司会の田中は、スラックスのポケットから携帯電話を出した。
「それでは今から携帯電話で、指定されたURLから投票をお願いします。あと3分以内でやって下さい。入力結果は自動集計されますので、すぐにこの場で発表することができます」
みんな静かになり、一斉に携帯をいじりだした。
俺も、携帯電話を出した。URLをクリックして出てきたのは、恋愛王者決定戦サイト。意外と凝ったデザインだ。……誰でも良かったので、適当に選んでおいた。
『投票ありがとうございました』、という言葉とともにニコニコ顔が表示された。
お調子めがねの田中が、わくわくした表情で言った。
「それでは、投票結果をお伝えします。今回の優勝者はなんと、デケデケデケデケデケ」
口で太鼓の音を下手くそに言う田中。
一同、沈黙。
生唾を飲む音が聞こえそうだ。
田中がニヤニヤしている。そして、ゆっくりと口を開いた。
「恋愛占い師のメイリーさんです」
拍手喝采。
クラッカーもたくさん飛んでいた。
俺の頭にも、クラッカーの中身がたくさん落ちてきた。若干、火薬臭かった。体育館中が大歓声だ。
「メイリーさん、おめでとう!」
「さすが、恋愛占い師」
「法律家も惜しかったんじゃないかー」
「恋愛聖人のかなも、良いと思うけどな」
「私は片桐くん、一筋だけどね」
いろんな声が聞こえて、大いに湧いて、楽しそうだ……が。個人的には、超くだらない。俺は、教室に戻って歴史小説でも読もうと思った。
「リクさん。私、優勝したよ」
瞬間的に、俺の時間はストップした。
「ええええええええええ!!」
生徒全体が、俺を見ている。痛いぐらいの視線の嵐。まるで、針で刺されているよう。
「あの。恋愛ダメ人間とまでは言わないけど。一歩手前か半歩手前の男が、恋愛王者の彼氏だって?」
「スフィンクスの奥原が?」
「どういう経緯?」
「あいつ、ドリーム医で恋愛病の診断とか受けてそうなのに」
「ラブドラッグとか飲まないと、恋愛できなさそうじゃんかよ」
俺は風のように、消えたかった。
しかし、メイリーが余計なことを言ってくれた。
「相性抜群なのよ。占いでそう出ているし」
不審そうに、片桐が問い詰めてくる。
「リク、どうなんだ?」
「いや、なんとも」
みんなの前で仮面だとは、口が裂けてもいえなかった。バレたら、逮捕される恐れがある。俺は口をもごもごさせながら、よく磨かれた体育館の床を見つめた。
「あのメイリーを、どうたぶらかした?」
「いや、何にも」
「ウソつけ」
「恋愛は面倒くさい。それだけだ」
「答えになってねえよ」
ごちゃごちゃと周囲から言われたが、俺はひたすらダッシュした。
俺は一生涯、彼女なんてつくるつもりはない。中学二年で、そう誓ったんだ。否、今はメイリーが法律上、そうなっているけど……しょせん、仮面だし。だから……もういやだ。ますます面倒くさいことに巻き込まれるのはごめんだ。
逃げてしまって、メイリーは面目丸つぶれだったかもしれないが。どこまでも走り去る俺には、そこまで考えてあげられる心の余裕が、全くと言っていいほどなかった……。
「ここまで来れば、平気だろう」
俺は、プールの裏まで来ていた。昼休みが終わる5分前まで、ここに居れば大丈夫だ。
「リク、彼女いるの?」
振り返ると、茫然自失な沙里だった。……う、ハードル走選手。女の子とはいえ、さすが早いな。プールの外壁に寄りかかりながら、しゃがみこむ俺の前で、同じくしゃがむ沙里。いつもの快活さがない。先ほどまでのバカ騒ぎが、まるで嘘だったかのように、プールの波音は静かだった。
「私と、……友達付き合いしてたのに」
ちょっと、決まりが悪い。でも、必死に反論する。
「友達付き合いなんだから、問題ないだろ」
「本……もうちょっとで読み終わるところなのに」
う、真面目に取り組んでいたのか。良心が痛む。気落ちする沙里と、目を合わせることが出来なかった。
「私の誕生日、まだなのに……」
「なあ、沙里」
「なに?」
「俺はもう誕生日が過ぎているんだ」
沙里はハッとしたようだ。やがて、大きくため息をつく。
「そっか、仕方ないよね」
あっさりと、怒りの矛をおさめた。この人、性格が良過ぎるよ。個人的には、もう少し荒れても良いような気がする。
「分かった。私も、いい人探すよ」
沙里は残念そうに、笑ってみせた。決して無理強いをして、俺を困らせることはしない。俺が安心できるよう、心の切り替えをしたように振る舞ってくれる。
沙里は、本当によく出来た女の子だと思う。……ごめんな、俺がダメな奴で。
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