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  今日はメイリーと一緒。   俺たちは、彦星と織姫公園に来ていた。ここはその名のとおり、流れ星の石像が公園の中央にある。カップルで手をつなぎながら、ここの石像に触ると、結婚できるという都市伝説があるらしい。また、敷地内には柳の木が多い。柳のゆらゆらと揺れるさまが、なんでも流れ星の動いた跡の星屑をモチーフしているという話を聞いたことがある。 「良い天気ね」 「ああ、良い天気だな」 「素敵な公園」 「ああ、素敵な公園だな」 「私がしゃべったことをそのままコピーしないでよ」 「ああ、そのままコピーだな」 「まったく、もう」 「まったく」 「こないだの投票は、私にした?」 「いや、片桐」 「どうして?」 「あいつ一応、友達だから」 「こういうときは普通、彼女に投票するもんよ」  土曜の昼下がり。  どうでも良い会話しながら、手をつないでデートをしていた。  俺は、名前が外人の日本人女性と一緒だった。   ……。   はあ。   人生とは、本当に不思議なものだ。   16歳の誕生日ケーキを食べながら、今の事態を予想できただろうか。まさか、恋愛王者の女の子と、仮面カップルすることになるとは。……こんなことなら、彼女作っておけばよかったかも。いや、作りたくないな。華菜さえ、いてくれればなあ……。  さて。行きたくないのに、わざわざ今日、デートに来たのは理由がある。   法律上、彼女から頼まれたら、よほどの理由がない限り、デートは断れないのだ。ウソをついて、そのことがばれて、彼女が告発してきたら、恋愛法に触れて逮捕されてしまう。今回も頑張って断ろうとしたのだが、法律を盾にされて断りきれず、デートすることになった。   ……そんなわけで俺たち二人は、彦星と織姫公園にいた。ベンチに腰かけて、やる気なく和んでいた。 「恋愛ってさ」 「はい」 「ぶっちゃけ、面倒くさくない?」 「そんなことないよ」 「いや、そんなことある」 「そんな、スフィンクスみたいなこと言ってたらダメよ」 「うるさいな。その単語、嫌いだから使うなよな」  スフィンクス……恋愛が出来なくて、ただ、遠くを見るように、恋愛風景を眺めているだけの傍観者。恋愛法時代に、歴史に取り残された遺産とも言われている。  本当にどうして、こんな時代になってしまったのか。俺には理解できなかった。時の総理、内閣総理大臣のときに、なぜこんな法律が成立してしまったのか。……少子化対策に、他に名案がなかったのかなと、どうしても考えてしまうのは、世間に俺だけではないだろうに。結婚する人達に、特別な奨励金を国が出すとか。養育費がかからないよう、義務教育では補助金が出るとか。外国人の移民を受け入れるとか。そういうのではダメなんだろうか。 「リクさん、見て」  メイリーが指差す先は、中学生達だった。噴水の前で、行き交う人々に声を掛けている。 「良かったら、僕と一緒にお茶しませんか?」 「へい彼女、どこかに行こうよ」 「わたしと楽しい時間を過ごしませんか?」   ナンパしている中学生の男女が、二十人くらいいた。学ランを着て、ブレザーを着て、真顔で声をかけている。 「ナンパのわりに、随分人数が多いわね」  メイリーは苦笑した。 「あれは部活だな」 「あ、そうかもしれない」 「ナンパ部は、朝錬がいつもきつそうだったな」  ナンパ部というと、個人的には複合的な部というイメージがある。活動内容は一言では言えない。モテるために、あらゆる活動をするからだ。練習は厳しい。モテるために鍛えに鍛え、あらゆる肉体改造をさせられる。ナンパ部員は、理想的な体型の人が多いのはこのためだ。男性は整髪料を毎日頭につけるのはもちろんで、お肌のお手入れも厳しくチェックされる。ニキビが見つかったら、確か1キロ走らされている記憶がある。女の子はお化粧を購入し、ピアスやネックレス、ブレスレット等、装飾品はマストでつけさせられる。ナンパ部では、こうすることを「ユニフォームを着る」と呼ぶ。 「中学校のうちからナンパするだなんて、随分と真面目ね」 「法律を遵守する、積極的な好青年だな。俺と真逆だよ」  ナンパ部は真剣に恋愛に取り組む人のための部活動だから、はっきり言って、俺みたいな人間には向いていないと、通り過ぎるナンパ部員達を眺めながら思った。    さてと。俺は、百円コーヒーの喫茶店が良かったのだが……公園を出た俺たちが、次に入ったのは映画館。メイリーの強い要望に答えたまでだった。 「映像を眺める、恋人達の墓場か」 「やめてよ、そんな言い方。恋を育む場所でしょう」   恋愛奨励のために、ほとんどが恋愛映画ばかりだ。その中で、一本だけ動物のアニメものがあった。俺はそれを選んだ。 「アニメにするか」 「良いね。たまにはそういうのも」  窓口でチケットを購入した。   メイリーはいつのまにか、ポップコーンを抱えていた。俺は、なんとなく手に取って食べた。メイリーはうれしそうだった。   シアタールームに入ると、人はほぼゼロ。閑散とした席と、巨大スクリーン。 「誰もいないね」 「まあ、こんなもんだろ」 「席はどの辺りにする?」 「G-5だったけど。別に誰もいないんだから、チケット通りの席じゃなくてもかまわないだろ」  席に座ると、二人の間の腕掛けに、ポップコーンを置いた。  巨大な音ともに、映画は始まった。そして、俺は光速で深い眠りに落ちた。    映画のあとは、カラオケに行った。俺はお日さまピカピカオレンジジュース。メイリーはカラシ明太子の裏切りフラッシュという炭酸飲料を飲んだ。  いつの時代も、流行っているのは、ラブソング。しかし、今の時代は異常で、恋愛以外の歌は歌じゃない、ぐらいの痛烈な批判が出るほどだ。だから、ラブソングじゃない曲を探す方が難しい。  しかし、俺はあえて恋愛に関係ない歌ばかりを歌うアゾントスフというグループの歌を歌った。アゾントスフは、ラブソングを歌わないため、青少年有害指定歌手と言われている。歌は全然悪くないんだけどな。自然とか、風景とかを美しく描写した歌詞がすごく良い。沙里も確か、アゾントスフが好きとか言ってたな。    夕飯は、多国籍料理だった。木造建築のお店で、なかなか感じは良い。 「はい、どうぞ」  鍋があたたまると、メイリーはよそってくれた。 「ありがと」  名前はよくわからないが、東南アジアの料理らしい。そば状の物と、肉ころがしみたいのが入っている。スープはあっさり目のようだ。身体には良さそうだった。 「食べたくなったら言ってね。私がよそうから」 「うん」  俺は、空返事とともにお椀に箸をいれた。   時間は20時をまわっていた。再び公園に戻り、外灯の下で二人仲良くベンチに腰かけていた。 「すっかり暗くなったね」 「暗くなったな」  メイリーは、俺の手を取った。俺は、ぼおっとした気分で、遠くに見える噴水を見ていた。月明かりが綺麗だった。 「恋愛は、面倒くさいと思う?」 「ああ、面倒くさい」 「私の存在も面倒くさい?」 「それは」 「それは?」 「なんていうか」 「なんていうか」 「そうだな」 「はっきり答えて」  そう言うと、メイリーは静かに眼を閉じた。16歳の若い女の子が、こんなに無防備な姿で。俺は、鼻をつまんでやりたい衝動にかられた。 「私にキスしないと、恋愛法で捕まるよ」 「なんだよ、それ」 「なんでもいいから、早くして」 「……ああ、まあ」  月明かりが綺麗だった。今夜は三日月。俺は、月を眺めている方が楽しいのかもしれない。 「まったく、リクさんたら」  メイリーは眼を開けた。少し、ふてくされているようだった。 「もう遅いし、帰ろうか」 「キスしてくれないと、帰さないから」 「なんでだよ」 「キスしない男は、恋愛犯罪者」 「大丈夫だ。こないだ役所でもらった、恋愛証明証もあるし」 「つべこべ言わないで、いいからしてよ」 「そう言われてもな。月が綺麗だし」 「ムーディーで、ちょうどいいじゃない」 「いや、それを見に来ただけでも、公園に来たかいがあって、良かったなあと思ったんだよな」 「まったくもう。そういうよくわからない、子供みたいな屁理屈言わないで」 「屁理屈じゃない。本当に綺麗なんだ。こういう景色、昔から大好きなんだ。ずっと見ていて飽きない」 「それは分かったから、ともかくキスして」 「うーん。次回にするか。今日はなんか、キスとかする気分じゃないんだよな。次回にしよう、次回……うう!!」  そう言った瞬間、なぜか突然、俺の身体は激しく熱くなり、とても苦しくなってきたのだった。 「リクさん?」 「く、苦しい」 「どうしたの?」 「よくわからない」 「ああ、なるほど。そうやって苦しそうにして、私の方からキスして欲しいと、誘っているんだ」 「ぜ、全然違うけど。く、苦しい」  視界がない。何も見えない。激しくむせる。血でも吐いてしまいそうだった。自分が、どこにいるのかも、わからなくなっていた。いつの間にか、あの綺麗な三日月さえも、見ることができない状態になってしまったのだった。 「リクさん! リクさん!」 「うう」 「リクさんてば」 「……」  返事も出来なくなってしまった。もう、何も出来ない。 「ふふ。私のキスを拒むからよ。まったく」 「……」 「さっきリクさんが、トイレに行っている間。夕飯に入れた、しびれ薬が効いてきたみたいね。……ほぉーんと、人の苦しむ姿を眺めるほど、楽しいことないわ。苦しんだ分だけ、楽しいよ。最高に」  メイリーは、携帯電話でなにやら話しかけていた。スピーカーモードのようで、相手の声も聞こえる。 「恋愛王者の一人が、ラブラブアイスで恋愛あっせんなんかされているだなんて、変だと思わなかったの? ……ようやく、倒れました。捕獲成功です」 「……ご苦労さま。その人を手際よく、誰にもバレないように、特に警察にバレないように、アジトに連れて来て下さい」 「了解しました」  俺は、メイリーにおんぶされた。 「典型的なスフィンクスさん。良いところに、連れてってあげるよ。楽しみにしててね。引き続き、ナイトデートを」   身体は全く動かず、無抵抗だった。 「リクさん。あなたはね、利用しやすいって、トランプ占いで出てたよ。考え方が単純なやつって、使いやすいし。馬鹿は恋愛支配しやすいの。……あなたも私の恋愛占いで、人生を翻弄された一人になりなさい」  不安に思う感情すら湧いてこない。そのくらい、身体が麻痺していた。あとは、なりゆきに任せるだけだった。  
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