6、

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外に出ると、そこは大学施設だった。デッドラバースは、国立超心理学技術大学の中にあったのだ。偏差値は高めの大学であり、ラブラブアイスがあった、対置物技術大学なんかよりは、はるかに上だ。   『心理学を制するものは、社会を制す』とか、確か大学案内のポスターが、うちの高校に貼ってあったな。電車内の広告もあった気がする。そこそこ有名で、うちの高校からも入学する人が多い。臨床心理学科、対人心理学科、社会心理学科等、いろんな学科がある。ここの恋愛心理学科の一室に、俺はいたのだった。つまりは、今まで大学施設の実験機器で試験されていたのだ。   俺は、もともとこの大学が胡散臭いと思っていたのだが……。   国立超心理学技術大学を出ると、なんだか一気に疲れが出た。   トボトボと、実験済みのモルモットは、元気なく歩き続けた。 「リク?」  いきなり後ろから来た自転車が止まったかと思うと、声を掛けられる。ショートカットのスポーティな少女は、いつもの幼馴染だった。 「あ、沙里」 「どうしたの、こんなところで」 「いや、ちょっと。……散歩」 「そう? 私はプールの帰りよ」   そういえば、この近くに市営のプールがあったな。……プールといっても、流れるプールだとか、スライダーとか。そういうのではない。沙里が行く場合は、絶対に練習の一環であり、アイシングとかマッサージ効果とか、全身運動とか、そういうのが目的だろう。おそらく水中ウォーキングで、トレーニングしていたと察する。 「だいぶ歩いたのか?」 「いや、今日は平泳ぎ。二キロ泳いじゃった。へへ」 「疲れただろ?」 「まあね。でも、スピードさえ出さなければ、それこそエンドレスに泳げるよ」   沙里は、不思議そうに俺の顔をのぞきこんだ。 「怖い顔して。どうした少年、悩み事?」 「悩み事っていうか」 「相談、乗るよ。私、友達だから」   少し考えた。しかし、沙理と話したかった。俺たちは、自転車に二人乗りで近所の喫茶『ミケネココーヒー』へと向かった。      ミケネココーヒーは、お金がない俺たちがよく行く喫茶店だった。なぜなら、百円でカフェオレやコーヒーが飲めるからだ。行くと、クラスメイトともよく会うし。逆に誰とも会いたくないなら、他の店に行った方がいい。   店に入り、席に座って数分後。注文したコーヒーが届いた。砂糖1.5個とクリームを入れて、ちょうど良い味。一息ついたところで、俺は一部始終を話した。   沙里はなんだか安心したようだった。 「そっか、仮面だったんだ。それにもう。メイリーとは別れるんだねー」 「ま、そういうことだ」 「それじゃあ、こないだの続き、しよっかぁ」   こないだの続きとは? 俺が困っていると、沙里はスポーツバックから文庫本を出した。 両手で持ち、うれしそうに俺に差し出す。……ラジキスタシアの魔法文化、という題名の本。 「ジャーン、ついに読み終わりました!」   どう反応して良いのか、わからなかった。一週間かけて文庫一冊読んだぐらいで、なぜこんなハイテンション? 俺と華菜は、一日に一冊のペースで本を読むんだが……。 「それで、感想は?」 「ええと、……」  目を泳がせながら沙里は、言葉に詰まる。 「頑張って読んでたけど。途中から、ストーリーがわかんなくなっちゃった」 「……そうか」 「とりあえず、最後まで目は通し終わったということで」   沙里の手から、文庫本をとった。これ、ライトノベルじゃん。ストーリーわからなくなるって、よっぽど……まあ、最初はこんなもんか。 「次は、一週間じゃなくて五日以内に読むんだからね。もう一回、読み直してみるー」   沙里は、なぜか張り切っていた。頭は弱そうだけど、努力家だなと思った。部活を通して、いつの間にか努力や根気強さを培ったのだろう。俺も、沙里のこういうところは見習いたいと、文庫の表紙を眺めながら思った。 「私、華菜ちゃんに似てきたかな?」   含み笑いの沙里の言葉に少し、期待の思いを感じた。 「いや……全く似てない」   沙里は、明るく右手で握りこぶしを作ってみせた。 「よーし、分かった。華菜ちゃん、目指して。たくさん本読むぞぉー」   沙里の明るさに、自然と顔がほころぶ。ただ……意味が少しわからない。どうして、華菜になる必要があるんだ? 沙里は、沙里じゃないか。それに……本当に同じになるんだったら、最後は……。    * * *  *  翌日。俺は、運動を再開することにした。中二まではサッカー部でレギュラーだったから、今でもそこそこ走れるはずだ。沙里が友達付き合いの努力をしてんのに、俺だけ傍観しているのは、なんだかかっこ悪い気がするし。何より、俺だって今の自分で良いだなんて思ってないんだ。  昼休み。学食から戻ってくると教室でまったりと寝ていたのだが、もともとよく誘われていたこともあり、サッカーをすることにした。  校庭に出ると、クラスの友達はハンドボールコートでサッカーをやっていた。  サッカーグラウンドは、サッカー部が使っている。しかし、うちのクラスはハンドボール部の人が何人かいるので、そいつらも一緒に昼休みのミニサッカーに参加しているから、ハンドボールコートは気兼ねなく使えた。 「お、奥原じゃん。めずらしい」  俺はクラスの輪に入った。 「最近、運動不足でさ。仲間に入れてくれよ」 「良いけどよ。ま、怪我しない程度にやれや」  始まると、自然と身体が動いた。俺も小一から中二までは、サッカーばかりやっていたのだ。しかも、ここでサッカーやっている人達はみんなサッカー部ではなく、好きでサッカーやっている程度の実力。  俺が一度ボールをもつと、誰も取りに来られない。ドリブルでも、ことごとく抜くことができ、むしろ活躍出来た。  久しぶり過ぎて、体力がまだあまりついていかないので、極力動かないようにしていたけど。シュートが一発決まったのは、普通に気持ち良かった。 「おい、奥原」  長身の中森に、背中をバンと叩かれた。 「今日は途中参加だったけどよ。明日は昼飯を、三限と四限の間の休憩で食って、フル参加しろ」 「無理だろ。休憩時間が十分しかないし。学食行って帰って、食べてたら間に合わない」 「パンとかおにぎりとか。登校途中で買えよ。それを十分間で一気に食う」  中森は、いたずらっぽく笑いながらサッカーボールを抱えた。俺にチラッと見せる。 「これ。サッカー部から盗んだボールだけど。ハンド部専用って、マジックで書いといたからバレねえよ」  安直だが、意外とバレないかも。サッカーボールなんて、店でいくらでも売っているし。少なくとも、バレた時に言い逃れは出来そうだった。 「あそこの茂みに、いつも隠してるんだ」  中森は、鉄棒の後ろにある、外壁に生える植物を指差した。 「俺、遅刻の参加だったから。お詫びに片付けてくるよ」 「サンキュー」  俺はリフティングしながら指定された場所に隠した。 「あ、沙里」  ジャージ姿の沙里は、鉄棒で懸垂していた。たまたまやっていた……のか? まさかとは思うけど。俺を眺めていたとか。いや、あり得ない。馬鹿なことを考えるのはやめよう。 「昼休みも鍛えてんのか」  でも、懸垂は苦手みたいで、一回だけ腕の力でやると、あとは反動を使って懸垂もどきをしていた。 「反動使ったら、意味ないぞ」  俺に気づくと沙里は、あははと笑いながら鉄棒から降りた。 「普段、やってないからさ」 「だよな」 「上半身をバランスよく鍛えるのに良いかなと思って。試しにやってみたけど、全然出来ないや」  俺は腕時計を見た。 「五限、始まるな」 「急がないとね」  沙里は、しなやかな腕をクロスさせて、ストレッチをしていた。 「なあ沙里」 「なあに?」 「競争するか」 「私と? いいよ」 「あそこの銅像まで」  俺は、校庭と中庭の敷居にある、高校設立者の銅像を指差した。 「構わないけど……手加減しないからね」 「そうこなくっちゃ」 「女だからって、なめてるでしょ。絶対勝つから。私……勝負事は、負けるのが大嫌いなんだ」  スタート位置を決めて、早速沙里の掛け声でヨーイドン!  走り始めてすぐ、「ええ?」っと驚く沙里の声。助走の段階で、はっきりとした実力差が分かる。高校生にもなると、男女の肉体的な差は顕著で、それほど驚くほどのことではないと思うのだが。俺だって中学二年までサッカーをガンガンやってたんだ。脚力には自信がある。……あっという間に勝負はついた。一足先に銅像前に着いた俺は、校舎に向かって歩きながら、沙里が来るのを待つ。 「リク、意外に早いねー。普通に負けたよ」  沙里がようやく来た。到着と同時に、俺の隣りに並んで歩く。……立ち止まる時間はないので、多少疲れていても二人は歩き続けた。  中学生の時だって、体育祭のリレーの選手に選ばれていたんだ。ただ、当時は無気力だったから、断っていたけれど。そもそも走りには自身がある。 「なんか、今。ちょっとドキドキしちゃった」  少し疲れた表情の沙里は、息をあげながら、瞳にはどこか夢見心地のカラーが見える。スポーツ少女にはめずらしい、あまり見たことのない目の輝きだった。 「は?」 「私……自分より速い人が好きなんだ」  気のせいか、沙里の横顔が赤くなっているようにも見える。 「誕生日まで、まだ全然時間があるけど。リクが嫌じゃなければ。……私、リクと付き合うよ」  相変わらず、言いにくいことをサラッと言う人だ。こんな簡単に、迷いもなく告白するとは。俺には、到底マネできない。俺だったら……告白すると決めてから、最低でも一週間ぐらいの考える時間が必要だな。  俺は、沙里の方に顔を向けることなく歩き続ける。 「陸上部なら、俺よりも速い奴なんか、たくさん居るだろ? 俺もそこそこ速いかもしれないけど、ガチに短距離専門の奴には歯が立たないよ」 「そうなんだけどさ。私の中で性格的な相性だと、リクは合格かなって。前から思ってた。でも、本気で付き合うにはなんか足りないなって、思ってたんだよねー。今気づいたんだけど、私。自分より、運動能力劣りそうな人と、付き合うのは嫌だったのよ」 「ああ、まあ。体育会系って。運動できる奴が、何かとモテるよな」 「リクってさ。なんか深い内面性っていうか。内に秘めた文学性っていうか。何て言ったらいいか、よくわからないんだけどさ。……そういうの、陸上部の人とかあまりないし。私にもないから。……なんか惹かれるんだよね」  どう答えて良いか分からず、適当に苦笑い。  それを見た沙里は、楽しそうに言った。 「今日から片思いですね。ははっ。恋愛小説でも読もうかな」  言い方が悩める乙女、という感じではない。俺はこんなにはっきりと、感情表現をすることが出来ない。凄いなあって、いつも思う。  それにしても「片思い」という言葉を聞いたせいか。……一瞬だけ、沙里に女を感じた。ショートカットの髪は、スポーツしやすい為じゃなくて。髪の一本一本に、瑞々しい乙女を感じさせてくれて。部活で鍛えた身体も、よく見ればどんな洋服も似合う、おてんばだけどスタイルの良い、可憐な少女のようにも見えなくはなかった。
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