8、

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 日曜日。  百円コーヒーの喫茶『ミケネココーヒー』で、俺と沙里は雑談していた。ここはうちの学校の生徒がかなり頻繁に使うので、誰かと会う可能性は大いにある。というより、会わないことの方が少ない。でも、幼馴染だし、お互いの仲を隠す必要もないので、俺たちは頻繁に出入りしていた。  沙里は、髪を後ろで無理やり結んでいた。あまり長くないので、ゴムで縛った箇所がほうきの先みたいになっている。 「縛る必要なくない?」  沙里は、得意げにほうきの先、じゃなくて縛った髪の先を撫でてみせた。 「へへ。華菜ちゃんのマネ。一歩ずつ、華菜ちゃんに近づいていくんだからぁ!」  ハッとした。……この人偉いなあって、つくづく思う。華菜は肩に掛かるぐらいの長さだし、全然似てないんだけど。前向きに努力しようとする、姿勢が素晴らしい。俺、そういうアクション少ないよな。  いや、そんなことないぞ。俺は最近、沙里のおかげで変わり始めている。俺は……中学二年で華菜がいなくなり、ショックから立ち直れずに部活のサッカーもやめてしまった。高校に入っても、恋愛法に触れることを覚悟で、親の忠告も全く聞かず、なんとなく生きる毎日だったのに……今は、沙里をなんとかしたいと思っているし。沙里を見習って、昼休みのサッカーにも参加しだしたし。少しずつ、自分自身が前向きになりだしたのは感じていた。  沙里は何より、こんな状況なのに、決して弱い姿を見せないのが立派だった。いや、弱い心も時折見せるけど。でも。それでも前向きに、行動し続けている。その姿に俺は……敬意を通り越して。この女の子をなんとか守りたいし、幸せにしたいと、心の底から思っていた。  気がつくと、沙里の手を握っていた。無意識だった。どうしてそんなことをしたのか、自分でもよく分からなかった。 「どうしたのかな?」  俺が握りしめる自分の右手を、不思議そうに眺める沙里。  ……しばらく、お互いに無言。  とても静かに……でも確実に。心の中で、何かが芽生えようとしていた。いや、もっと前から存在したのかもしれない。うっかりしてて、見落としていたのかもしれないし。気付いたこともあったが、あえて見ようとしなかったのかもしれない。  中学二年の時に、捨てたはずの宝物を、握りしめていた。ずっと握っていないと、またなくしてしまいそうだった。なくしてしまわないように、誰にも奪われないように、俺は強く握りしめた。  沙里は優しく微笑んだ。 「あったかいね」 「そうだな」 「手の温もりが、温かいよ」 「沙里もな」  俺達は見つめ合った。お互いに、すべてを察した。だから、いつになくこぼれんばかりの笑顔だった。雲一つない晴天。沙里というまぶしい太陽光が、夜の闇から俺を引っ張り出してくれた。 「沙里」 「はい?」 「俺と」  緊張しながら、ゴクッと生唾を飲む。時間がない……よし、絶対に言うぞ。 「俺と付き合ってくれ」 「うん」  何の迷いもなく、慌てふためく様子もなく、沙里は笑顔で即答だった。 「そっかぁ。髪縛ったのが華菜ちゃんに似てて、グッときちゃったかぁ」  縛った髪の先を指差しながら、コメントが全く的外れなのが、なんだか可愛く感じた。 「全然似てない」 「またまたー」 「いや、似てない」 「分かった、分かった。そういうことにしといてあげるよ」  沙里は俺の席のほうまで手を伸ばし、なぜか、遊ぶように肩をぽんぽんと叩こうとした。届かなかったけど。 「華菜とは全然、姿も性格も似てないよ」 「じゃあ、どうして付き合うのかなー?」 「いつも前向きに努力するのが、素敵だなと思って」 「誰でもすること、しているだけだと思うけどなぁ」 「それが、なかなか出来ないんだ」  沙里は不思議そうに俺を見つめた。何かあったら、解決するために努力する、というのは、沙里にとって当たり前過ぎることなのだろう。それをやらない、という人のことを、理解出来ないんだ、きっと。 「沙里と友達付き合い始めるまで、俺は中学二年で時間が止まったままだった。それから、努力するってどういうことなのか、わからなくなってしまったんだ。生涯、華菜だけを愛し続けること。つまり、恋愛しないで生き続けることが、努力なのだと、勘違いしていたのかもしれない」 「そういう風に、苦しみの葛藤を経て。心に奥行きや深みがあるのは、素晴らしいことだと思うよ……私には無いからね」 「サッカーまたやる気になったのは、沙里が慣れない読書を始めたからなんだ」  沙里は、うれしそうに大きくうなずく。 「私もリクがサッカーやるの見て、ハードルもそうだし、本読むのも頑張ろうって思ったぁ!」 「なあ、付き合うからには。この話を聞いてくれ」  大きく深呼吸。息を吐き出すと同時に、何もかも伝え尽くす覚悟だった。  俺は、華菜との出来事を全て、包み隠さず話した。紅いバラ姫の物語、華菜がバラの花を抱いて死んだ本当の意味……。沙里は一言も言葉を挟まず、聞いてくれた。意外にも、あまり驚かなかった。俺が勝手に、心の中で大きくしていただけたったか? いや、気を使い、俺の精神的なダメージを減らすようにしてくれたのだろう。 沙里は微笑みながら、ぽつりと言った。 「今日から私が、リクの紅いバラ姫だね」  そっか……どうして気がつかなかったのだろう。目の前には、紅いバラ姫がいた。姿を変えて、そこにたたずんでいた。人を愛する為に、血を流すことをいとわない、狂おしい女性。いや、聖なる少女。  そんな純粋なる愛を前にして、どうして断ることなんか出来るのか。俺はただ、運命を受け入れるだけで精一杯だった。俺は、大きくうなずく。 「ありがとう。でも、死なないで欲しいな」 「大丈夫。私がバラの花を抱くのは、リクが浮気した時。嫉妬とバラのトゲで、リクをがんじがらめにしてあげるよぉ」  しばらく二人は手を握りしめた。  そして、沙里は一冊の本を鞄から出した。 「これ、めっちゃ面白いよぉ。部活の友達に紹介されたよ」  沙里手に取ったのは、相変わらずライトノベルの文庫本だった。 「読んでみるよ」  個人的には、もう少し文学性がありそうな作品が好きだが、素直に沙里の勧めたラノベを読むことにした。三冊だった。 「何、いちゃついてるの?」  快晴とは、長く続かないものだ。雨雲は突然現れる……メイリーだった。 「あなた達は、たとえどんなに愛し合っても、付き合えないのよ。川沢さんは、一度逮捕されなさい。恋愛奴隷になって売られて……その後、リクさんと付き合えるかどうか。まあ、無理ね」  途端に、沙理は泣きそうな顔になる。いや、顔だけじゃない。身体中から力が抜けきり、もぬけの殻のようだ。魂が抜き取られた人形のようだった。 「あらあら、憔悴しちゃって。植えつけた残酷な種が、育つのを眺めているみたいで、楽しいわ」  メイリーは、沙里の顔を覗き込む。 「もっと、弱りなさいよ。もっとダメになりなさい。ふふ」  俺は……店の中で、恥も外聞もなく土下座した。 「なあ、頼む。どうか許してくれ」  同級生に、頭を下げる情けなさ。店の中がざわついてくるのを感じる。しかし、頭を上げるつもりはない。 「な、何やってんのよ」  狼狽したメイリーの声が聞こえた。 「私からも、お願いします!」  沙里が、俺の隣りで土下座する。  土下座カップル。とても哀愁感漂う。  店の人はまだ、注意しに来ないようだ。  土下座しつつ、二人で何度も「お願いします」を繰り返す。周囲からどう思われているのか……そんなことは関係ない。  床が冷たい。よく磨かれていて、あまり汚くないのがせめてもの救いだ。でも、見た目が綺麗でも、みんな歩いているんだから、やっぱり汚いのか。  惨めな土下座も、沙里と一緒だと、少し楽しかった。しかし、態度や声に表れようものなら、土下座している意味がなくなる。だから、ひたすら詫び続けた。 「なんかむかつく……」  二人の高校生が、必死の土下座。  メイリーは今、怒っているのか、あきれているのか、見下しているのか。 「もういいわ。つまらない」  その声を聞いて、俺は思わず顔をあげた。  メイリーはふてくされながら、投げつけるように茶封筒を放り出した。俺は慌ててキャッチする。 「このまま恋愛解除の書類を渡さないと、あなた達二人の仲は深まるだけだわ。この困難をどうしたらいいか、二人で一緒に考えに考え抜いて、……ますます恋が揺るぎないものになる。何でこの私が、あなた達の手助けをしないといけないのよ? つまらな過ぎるから、もう別れるわ。一生やってなさい、バカップル」  ついに書類が手元にきた。しかも、メイリーが自分の口から、「別れる」と言ってくれた。沙里が証人として聞いているし、これでたとえ書類がなかったとしても、俺たちは別れたことになるはずだ。 メイリーは数歩進むと、「もっと深い地獄に落としてあげる。楽しみにしててね」とつぶやき、店を出た。本当に気味の悪い、捨てゼリフだった。  土下座していた顔を上げた沙里は、本当に晴れやかな笑顔を見せてくれた。二人とも立ち上がり、パンパンと服を叩く。……店中の人が見ていたようだ。一気にみんな、視線をそらした。やっぱり、かなり恥ずかしいことをしていたな、俺達。 「えへへ。初めての二人の共同作業は、土下座だったね」 「やったな、沙里」 「うん、やった。やったね! ドラマとかで、見たことあるよ。こういうシーン。困難に立ち向かってね、結局そのおかげで結ばれるんだ! よくある展開だね!」  俺的には、沙里の明るい感じがたまらなかった。とても癒される。  沙里の肩に触れようとすると、沙里は、はて? という表情になったが、やがて軽やかな身のこなしで、ぴょんっと抱きついてくる。 「そっか。大体こういう後って、抱き合うんだよね」  根も蓋もない言い方……ラブロマンスという言葉からはほど遠いけど、ま、いいか。  沙里は「えへ」とか言いながら、二秒ぐらい抱きついた。沙里のやわらかい温もりに、恋心を重ねようと思う間もなく、パッと勢いよく離れてしまった。早過ぎる……もう少し、長く抱き合いたかった……。ハードル走じゃないんだから、そんなに急ぐなよ。この分だと、キスとかは当分なさそうだ。 「デートとか、どういうところ行きたい?」 「ええとね。うーん、……遊びたい気持ちもあるけど、お金かかっちゃうしね。部活忙しくて、バイトとかしてないし。なんか、良い方法ないかな?」 「そうだな。とりあえずこの店は、百円でコーヒー飲めるし、お勧めのコースだとは思う」 「そうだね。ミケネココーヒーには毎回来ようー。それと……あ、そうだ。部活の大会とか、試合とか。お互いに応援しにいくのはどう?」 「……良いよ。少しはずかしいけどな」 「よし。お互いに恥かかないように、部活頑張ろうね!」  結局、沙里は彼氏が出来ても。頑張るのは部活だった。恋愛しても、あんまり変わらないようだ。ピースする沙里の笑顔が、とても爽やかだった。  しかし、俺たちカップルは、部活応援デートにたどり着くことは出来なかった。店を出た瞬間、手首に金属の輪がかかった。先ほどの沙里の手の温もりとは対称的に、その金属はとてもひんやりとしていた。 「奥原利久。恋愛特別違法罪で、逮捕する」  顔を上げると、警察官が四人。  そして、満面の笑みのメイリーがいた。赤いメッシュの入った髪を揺らしながら、トランプを扇形に開く。一枚引いて、俺に見せた。……ジョーカー。 「言ったでしょ。その子と付き合うと、人生の歯車が狂い出すって。占いの忠告を聞かないから、そうなるのよ」  警察官の中には、デッドラバースの人間がいる……どうやら、その通りだったようだ。何の理由もなく、メイリーが逮捕と言えば逮捕なのだ。デッドラバースの工作員が、逮捕の書類を偽造するのだから。 「百発百中で占いを当てるコツって、知ってる? ……当たるまで、努力することよ。占い師が実行しちゃダメだなんて、誰が決めたの?」  氷のように無表情な沙里は、怒りにまかせて拳を作り、メイリーになぐりかかろうとする。それに気付いた俺は即座に止めた。 「やめろ! 沙里」 「やめない!」 「やめないと、別れるぞ」  動けない俺は必死に、言葉だけを闇雲にぶつける。  瞳を濡らした沙里は、拍子抜けしたような声を出した。 「どうして、そんなこと言うの……」 「公務執行妨害になる。そうなったら沙里の未来は……」 「でも」 「俺のためを思うなら、お願いだから引いてくれ。沙里まで捕まったら、俺は自殺するぞ」 「……ううっ」  沙里は、力なく崩れ落ちた。嗚咽しながら、泣いている。ここまで泣き崩れる沙里を、初めて見た気がする。悲しい後ろ姿だが、自分の為に泣いてくれる沙里と、心の底から将来をともにしたいと思った。  うれしそうにメイリーは、沙里の顔をのぞきこんだ。そして、最後の一言を浴びせる。 「やっとボロボロになれたね。そういうのを見たかったのよ。あなた達の恋ドラマも、ようやく良いフィナーレが迎えられたじゃない」  メイリーは高笑いしながら「私に感謝しなさい」とほざいていた。  本当に感謝するよ……皮肉なことだが、お前がいてくれなかったら、俺は真剣に恋愛というものについて、考えなかっただろう……。 *  *  *  *   目が覚めると、俺の胸元には、値段がついていた。   俺だけじゃない。巨大な展示場のような建物の中で、値札のついた大勢の男女が、ござの上に座っていた。そして、ワイワイと楽しそうに、どれを買おうかと選ぶ群衆たちがいた。   Tシャツについた値札を見ると、さらにため息が出る。500万円と、まあまあ汚い字で、黒マジックで書かれていた。   俺が視線をふと上に向けると、会話をする二人がいた。お化粧が大変ケバい感じのジャンボサイズな母と、制服を着た、中学生ぐらいのポニーテールの娘。   娘の方は、両手を組み、夢見る眼差しで遠くを見るようにして言った。 「ねえ、お母さん。私、眼鏡をかけた、賢そうな人がいい」 「大丈夫。あなたに合う、素敵な恋愛奴隷が見つかるわよ」 「私の恋の邪魔をする人がいたら……」 「そんなやつ、デッドラバースに依頼して、闇の中に消しちゃえば良いのよ」 「そっかあ」   ……辺りを見渡せば、そんな連中ばかり。   アイドルのように綺麗な女の子は、1億円と書いてあった。そして、ルックスがあまりパッとしない人は、比較的安いみたいだ。   あと、特別品等もあり、それらの人達は一芸に秀でた方ばかりだ。   手錠がされ、売り物になった人間がたくさん並ぶのは時代錯誤の風景だった。しかし、みんな笑顔だ。なぜなら、売れ残りたくないから。座敷牢のような生活よりは、外で恋愛奴隷に成り果てる方がよかった。どちらにしろ、幸せにはなれない。だから、引きつった悲しい笑顔だった。 「リク、迎えに来たよ」 「え?」  聞き覚えのある少女の声に、思わず顔を上げた。 「紅いバラ姫は、闇の森でも毒霧の中でも。どこだって、助けに来るんだからね」 「沙里!? どうやってここに?」 「二人に助けてもらったんだぁ」  沙里の脇には、頼もしい二人の男がいた。ピアスをして短髪を立たせた片桐仁。大柄で、頭にねじりハチマキ、手には七法全書の男。『恋愛法律家のようへい』こと、内中要平。二人の恋愛王者だった。   片桐が俺の肩を叩いた。 「安心しろ。俺達は、お前の味方だ」  七法全書を片手に、内中がうなずく。 「警察権力も、すべてがデッドラバースの味方じゃない。ラブラブアイスも多数いて。そこからのリークで、ここに来られて……我輩は、奥原くんがメイリーと付き合い出したと聞いてから、異変を感じていたんだ。あいつがデッドラバースの人間だっていうのも、もちろん把握していた。泳がせて、何を企んでいるのか観察してたんだよ」   必死に沙里は、監視人に主張する。 「私、この人とお付き合いしているんです」   監視人は苦笑い。 「え? お嬢ちゃん、これは品物だよ。恋愛奴隷とは、付き合いたいならお金を払って……」 「そうじゃなくて。私と付き合った直後に、逮捕されたんですよ。リクに、いかなる罪があったとしても。恋愛徳政令制度が適用され、帳消しになるはずです」   恋愛徳政令制度……恋愛成就のためなら、犯罪もすべて帳消しになる、という恐ろしい法律。   沙里にしては、難しいことしゃべってるな。おそらく、隣りの男どもが、入れ知恵しているんだろう。 「そんな言い訳、通じるワケが……」   片桐は、恋愛徳政令カードを見せた。背後には、三人の私服警察官も。 「店内で抱擁し合う恋愛シーンを、ミケネココーヒーの横井店長が証人として証言した。奥原利久くんの身柄は今、恋愛徳政令制度により保護されている。今すぐ、釈放しろ。さもなくば、この奴隷市場を、徹底査察対象にする」   私服警察官の一人が、力強く言い放った。   監視人が舌打ちする音が聞こえた。……彼女がいるって、良いもんだなとつくづく思った。というか、こんなに早く出られるとは、思いもしなかった。   俺は、沙里と二人の恋愛王者の助けにより、恋の闇市場をあとにしたのだった……。      帰り道。久しぶりの外の世界では、夕焼けが俺を出迎えてくれた。沙里が友達付き合いを告白した時も、壮麗な夕景だったな。街はあかね色に満たされていて、悪人も善人も、皆同じカラーで染められている。メイリーすらも今、この街のどこかで、夕焼けに染められているのかもしれない。 「ったくよ。富川総理め、変な法律作りやがって。おかげで、ひどい目にあったぞ」  俺がぼやくと、内中は首を横に振った。 「奥原君。日本は独裁国家じゃないんだから。総理大臣の一存で、法律の制定は出来ないよ」 「え、それじゃあ……?」 「まず、内閣府から新しい法律を立案するにしても、閣僚を説得しないと閣議決定出来ないし。さらには、衆議院、参議院で法案を通らせなくてはならない」 「ようするに、法律を制定するには、仲間が必要ってわけか」 「そう。つまりは、国会議員の中に多数のデッドラバースがいるんだよ」  片桐が、大きくうなずいた。 「なんでもかんでも良いように法律改正させない為に、ラブラブアイスの連中も入り込んでいるけどな」  俺はなんだか、SFの話でもしているような気分になった。日本の政治を、秘密結社が牛耳っていただなんて……なんかショックだ。  沙里は、不思議そうに言った。 「なんかねえ。二つの秘密結社は、何のために存在しているのかなぁ?」  片桐は、スパッと答えた。 「デッドラバースの存在意義は、恋愛法を維持して発展させること。そして、ラブラブアイスは、恋愛法をこの世から雲散霧消させる為に存在する」 「ああ、なるほどぉ」 「恋愛法なんて、無い方が良いんだ。それに……デッドラバースの正体とは、本当は外国が日本を支配する為に送り込んだ刺客だよ。俺逹ラブラブアイスの人間は、日本を守る為に活動してんだ」 「う、うそ……」 「さっきの奴隷市場だって。売れ残った恋愛奴隷達は、奴隷船に乗せられて、海外の金持ちに売られることになる。恋愛奴隷制度なんて……馬鹿な法律だよ。人間様を何だと思ってんだ。あれもこれも、みんな、デッドラバースの仕業だ。これ以上、好きにさせてたまるかよ」   歩きながら、沙里は何度も内中にお礼を言っていた。やっぱり、アドバイスもらっていたんだな。じゃないと、あんなに毅然と言えないよな。内中は本当に良い奴だ。   自然と俺は、片桐と並んで歩く。 「なあ、リク」   片桐は、まぶしそうに夕日を眺めていた。 「沙里ちゃん、何にもわかってないみたいだったから。気をつけた方がいいぜ」 「それはどういう意味だ?」 「純粋過ぎて、男を何も知らないっていうか」 「沙里は、今のままがいいんだよ」 「いや、ダメだ。あれじゃあ、お前たち二人に、進展がない」 「なくていいんだよ。今の状態で、充分楽しいし。ゆっくり進展していきたいというか」 「違う。俺はリクの本音が分かる」 「俺の本音は、今のままがいい」 「それは建て前。本音は……もっと危険な、時に悪魔的なラブロマンスを求めている」 「全く求めてない」  片桐は、急に真顔になった。 「いや、冗談抜きで。沙里ちゃん、素直過ぎてさ。マジで、危なっかしい」 「あ、それは俺も少し思うところがある」 「俺がもし、リクを喜ばせる為に、キスの練習しようとか言ったら。何の躊躇いもなくキスさせてくれるぜ」 「そこまで、馬鹿じゃないだろ……と信じたい」 「試してみるか」 「絶対やめろ」 「もう試した」 「ええ!」  本気になって、叫ぶ俺。一瞬、前を歩く沙里と内中が不思議そうに振り向いた。俺は「何でもない」と言い、とりあえず誤魔化した。二人はキョトンとしながら、再び歩き出した。俺の反応に、思わず笑い出す片桐。 「マジ、ウケる。冗談だよ。試したのは、キスじゃなくて。まあ、それはともかく。……なんでもない」  半笑いの誤魔化しが怪しすぎる。片桐のことだ。俺の彼女だからって、手を出さない保障はない。 「本当に、手を出してないんだろうな」 「手は出してないけど……お土産はあげた」 「何だよ、それ?」 「楽しみにしてな」 「そんなこと言われて、信用……」 「大丈夫。お前が嫌がるようなことは一切してないからよ」   片桐はポンと俺の背中を叩いて、はははは、と嫌な笑い声を上げた。
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