屋上の望遠鏡

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 学校の屋上は、年に1回文化祭の時に、自然観察部の天体観測会のためにだけ開放される。  「へえ。屋上ってこうなってるんだ」 三脚に立てた天体望遠鏡以外に何もない屋上に、誰かが入ってきた。日が落ちてからだいぶ経つ。グラウンドを照らす照明灯から漏れた光で、同じクラスの村田玲子だとようやく分かる。 「もう観測会は終わったぞ」 言いながら、俺は屋上の真ん中で望遠鏡を片付け始める。 「いいじゃん。まだ後夜祭もこれからなんだし」 村田は手すりにもたれてグラウンドを見下ろす。さっきから、実行委員と先生たちがキャンプファイヤーの準備をしている。 「行くの?後夜祭」 片付ける手を止めずに俺は聞いた。村田は振り向いて、 「それ、何が見えるの」 と、質問は無視して望遠鏡を指さす。 「星に決まってるじゃん」 「星って、昼間は見えないじゃん」 「太陽の黒点とか、いろいろ観察するものはあるんだよ」 文化祭2日目の今日は、自然観察部の活動として、来場者を相手に屋上で黒点観測を実演していた。 「チュロスの店番にいないと思ったら、そんなことしてたんだ」 ふて腐れたように村田は背中を向ける。 「午後はやることなくなったじゃん」 天気が良かった今日は来場者が多く、クラスの模擬店で販売していたチュロスは午前中で売り切れ、観測会は盛況だった。 「片付け終わったから、俺帰るぞ」 再びグラウンドを見下ろし始めた村田に向かって声をかけた。望遠鏡を肩に担いでしばらく黙って待っていたが、返答はない。 「あ、火ついた」 村田が声を上げたのにつられて俺もグラウンドをのぞき込む。キャンプファイヤーの回りに生徒が結構集まり始めている。 次の瞬間、照明が消えた。屋上が闇に包まれる。 「星、見えないじゃん」 はっきりと夜になった空を見上げて村田が言う。 「肉眼では無理だわ、まだ暗さに目が慣れてないし。まあ山に行けば、肉眼でも相当見られるけど」 夏に行った合宿を思い出す。空気がきれいという山に囲まれたその盆地では、まさに降るように星が光っていた。 「でも、本当は見えるんでしょ」 「え、どういうこと?」 「空気が汚かったりして見えないだけで、光は届いてる」 村田が俺ををしっかり見据えて言う。 「何、真剣にロマンチックなこと言ってんだよ」 「茶化さないでよ」 怒っているのか、笑っているのか。すぐ隣にいるのに暗くてよく分からない。 グラウンドから歓声が上がる。キャンプファイヤーにさらに火がくべられて、炎が大きくなった。 「望遠鏡使ったって、何も見えてないじゃん。私の気持ちとか」 俯いた村田の顔を、チラチラと大きくなった炎が照らし出す。 俺は肩に担いでいた望遠鏡を下ろした。 「さっきより暗くなって、だいぶ目も慣れてきたから」 「だから、何?」 「後夜祭終わるまで、ここで観測会するから。来る?」 村田の表情がはっきり分かった。笑いながらつぶやく。 「行く」 俺はまた望遠鏡をセットし始める。見えない星はもうない。
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