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第一話 千歳と黒猫、ピーナッツぅ!
ついにやってきた。
高校最初の夏休み。
長かった受験勉強、友達作りのプレッシャー、束の間の休息の後の期末試験。
そんな世のしがらみから一気に開放される夏休みがやってきたのだ……
彼女以外は。
彼女の名前は千歳(ちとせ)。十六歳の高校一年生。
普通ならとっくに夏休みに入っている八月はじめの朝、彼女は制服を着てトボトボと駅に向かって歩いていた。
「あああ、暑ちいなあ、もう。今日も憎ったらしい位いい天気だなあ」
千歳はジージーとうるさいセミの声を聞きながら空を見上げた。
「世間は夏休みだ、海だ、キャンプだって浮かれているのに、何で私だけ補習受けなきゃならないのさ。だいたい理不尽だよ、あの期末試験は。私がちゃんと勉強した所出さないで、全然違うところ出すんだもん。解るわけないじゃん、あんなの」
千歳は当て所のない怒りを独り言で誤魔化しながら、またとぼとぼと歩き出した。
と、その時、
どこからともなく皺がれた声が聞こえて来た。
「世の中全て因果応報。今のお前の原因は過去のお前にある」
(あれ? どこから聞こえたんだろう、今の声)
空耳にしては随分はっきり聞こえたので彼女はその場でキョロキョロした。
するとまた皺がれた声が聞こえた。
「おい千歳。どっちを見ている。こっちだ」
彼女は声のする方を見た。
するとそこには真っ黒い猫が塀の上に座ってこっちを見ていた。
(え、今の声、まさか、こいつ?)
彼女は目をパチクリさせた。
黒猫は驚いている千歳をよそに話し始めた。
「久しぶりだな千歳。元気そうじゃないか」
「え? しゃべる黒猫? で、なんで私の名前知っているの。うち猫飼ってないよ」
「ふん、そんなもの関係ない。まあ忘れてるのも無理はあるまい。ワシは前世のお前に助けてもらった恩があってな。その恩返しに来た」
「え? でも恩返しをするのは黒猫じゃないよ。それに黒猫は魔女の方で……」
「何を訳の解らん事を言(ゆ)うておる」
「あの、それ、こっちの台詞だと思うんだけど……」
「ほほう、お主なかなか言う様になったの。まあ良い。それより、お前は自分は運が悪いと思っておるじゃろう」
「まあね。試験のヤマが当たってればこんなところにいないよ」
「それも含めて、やることなすこと裏目にでる事ばかりじゃろうな」
「そうだね。ここであんたに話しかけられてるのもそうかもね」
「ふん。一々癇に触るヤツじゃの、お前は」
「はあ?その言葉、そっくりあんたに返すよ」
「まあよい。その原因は全てお前の前世にあるのだ」
「私の前世? 私なんかやらかしたの」
すると黒猫は面倒くさそうにあくびをしてから言った。
「やらかしたなんてレベルじゃない。お前が死んだ時、それを聞いた村人達は諸手を上げて喜んだくらいだ」
「え、そんなに悪評高かったの、私」
「まあ、この話はこれくらいにしておいた方がいいじゃろう。まともに聞いたら生きていくのが嫌になるかも知れんからな」
「そ、そうなの。じゃ、一応、ありがとう」
「ほおお、これは驚いた。お前の口から感謝の言葉が出るとはな。生まれ変わる時に相当心を入れ替えた様じゃな」
「よく解らないけど、褒めてるんだよね、それ。で、その恩返しって、実際何をしに来たの?」
「おお、それな。お前さん、このままだと卒業後は転落人生を歩んでしまうのだよ」
「え、転落?」
「さよう。前世からの因縁でな。やることなすこと身にならず、世間から疎まれ続けるのだ。お前がなりたいアイドルなんて夢のまた夢だ」
「え、なんでそれ知っているの。誰にも言ってないのに」
「わしはもう五百年も人間に寄り添って生きている。お前の考えている事なんてお見通しだ」
「へえ、すごいね年の功」
「褒めてるんじゃよな、それ」
「まあね」
「でも、わしはお前に恩がある故、ちょっと不憫(ふびん)に思ってな。手助けをしてやろうと思ったのだ」
「手助け? 一発逆転できるの? 私の人生」
「まあ、それはお前さん次第では可能だ」
「じゃ、ちょうだい。その恩返し」
千歳は両手を黒猫に差し出した。
黒猫は彼女をキッと睨みつけて言った。
「アホかお前は。死神が人の願いを聞くわけなかろう」
「死神?」
「おお、言い忘れておったな。さよう、ワシは死神だ」
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