女装レイヤーだが相互さんが会社の同期♂でしかも俺に惚れててヤバイ

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 本社ビル一階のカフェから望む空は今日も雨だ。  これで三日連続の雨天。予報によると明日も雨らしい。フィリピン近海で発生し日本に接近しつつある台風一三号の影響だそうで、その強い低気圧が北から秋雨前線を引きずり、それが日本に長雨を齎しているらしい。  そんな、すっきりとしない空を見上げながら、水沢は小さく溜息をつく。 〝みけお〟が想いを寄せる相手、それは、近頃よく同じチームで組まされる同期の男らしかった。そして、仮に〝みけお〟の中身が篠山なら、その条件にあてはまる人間は、水沢が知る限り一人しかいない。年齢こそ二歳年下だが、院卒の篠山と違い、学部卒で入社した同期の――  ――要するに、俺だ。  季節外れの肌寒さについ頼んでしまったホットコーヒーを啜りながら、水沢は、もう何度目かになる溜息をつく。  善意のつもりだった。そう、発端は紛れもなく善意だったのだ。ネット上の繋がりとはいえ、こんないい加減な自分に勇気を出して苦しみを打ち明けてくれたフォロワーを、少しでも励ましてやりたかった……それだけの話、だった。  でも。  それは所詮、他人事だから出来たことだと今ならわかる。そう、〝みけお〟の――いや、篠山の苦しみは、スマホ画面越しに届く地球の裏側のニュースのように、遠い世界の出来事でしかなかったのだ。以前の水沢には。  スマホを取り上げ、ツイッターのDM欄を開く。  夏コミの後も、相変わらず〝みけお〟の相談は続いている。やはり〝わかめ子〟の正体に気付いてはいないようだ。その中身が、自分が想いを寄せる当の本人だとは知りもしないで。  そんな〝みけお〟の相談に、素知らぬふりで乗り続ける〝わかめ子〟…… 「……終わらせなきゃ、だな」  そう、こんな茶番はさっさと終わらせるべきなのだ。  カフェを出てオフィスに戻る。いつもの窓際席で、山のような資料に囲まれながら黙々とキーボードを叩いているのは、今まさに水沢を悩ます同僚にして〝みけお〟の中の人、篠山だ。花の金曜日。フロアの若い連中が合コンだの婚活パーティーだのと浮足立つ中、篠山一人は感情のない置物のように黙然と机に向かっている。  が、水沢は知っている。その無表情の奥に隠された切なる想いを。  これまで〝みけお〟は、幾度となく恋を諦めようとした。相手は見るからに異性愛者で、同性の自分の想いが伝わる見込みはない。伝えたところで迷惑なだけだろう、と――そのたびに〝わかめ子〟は必死に〝みけお〟を励まし、きっと伝わるから大丈夫だと無責任な希望を吹き込んだ。  そう、無責任だったのだ。〝みけお〟が想う相手の性的志向がはっきりしない以上、無暗に〝みけお〟を励ますべきではなかった。〝みけお〟に限らない。その相手にとっても迷惑だったろう。水沢が置かれる今の状況は、ある意味、己の無責任さの報いと言ってもいい。  そんな水沢の自責の念など知りもしない篠山は、相変わらず黙々とキーボードを叩いている。  篠山は、間近で見ると意外と綺麗な顔立ちをしている。骨格だけは精悍な造りの顔つきと、細く高い鼻梁。いかにもインドア派らしい生白い肌に映える紅い、形の良い唇。剃り残しの髭がこけた頬の隅にぽつぽつ伸びているのと、ぼさぼさの前髪が目元を隠しているせいで何だか残念に見えるが、素材自体は決して悪くない。目も、ぱっちりした二重瞼と長い睫毛が意外と愛らしい。  何よりこの男は、大粒の澄んだ瞳が美しいのだ。たまに、伸びた前髪越しに視線が合うと、その透明感とあどけなさに吸い込まれそうになる。瞳は心を映す鏡とも言うが、だとすれば篠山の心は誰よりも美しく澄んでいるのだろう。そして、それと同じだけ傷つきやすくもあるのだ、きっと。  その篠山が、ふと顔を上げ――水沢の視線に気付いて慌てて目を伏せる。 「す……すみません」 「お、おう……」  つい返事が鈍ったのは、水沢も急に視線に気付かれて驚いたせいだった。 「が……頑張るのもいいけど、あんまり根を詰めすぎるなよ」 「えっ? あ……大丈夫です。院の頃のレポート三昧な日々に比べたら、これぐらい……」  そして篠山は、あははと曖昧に笑う。が、目元は相変わらずぎこちない。というより、一刻も早くこの状況から解放されたがっているようにも見える。想いを寄せる相手が向こうから声をかけてくれているのに、だ。  きっと、気持ちがばれることを恐れているのだろう。DM欄でも〝みけお〟は、自分の想いが相手に不快感を与えることを何よりも恐れている。  が、恋愛は、そもそも相手に気持ちを伝えなければ成就しない。  あるいは〝みけお〟は、関係を築くことすら最初から諦めているのかもしれない……。 「まぁ、無理はすんなよ」  ついさっき、差し入れ用にと廊下の自販機で買ったコーヒーの缶を差し出す。篠山は慌てて手を伸ばすと、その缶を受け取ろうとして――上手くキャッチできず、散々おたついた挙句あっさり取り落としてしまう。  足元にあえなく転がるコーヒー缶。そういえば篠山は、以前上司に駆り出された草野球でも全席三振、フライが飛んで来るたびにボールを落っことし、グラウンドの隅までもたもたとボールを追いかけていた。  その、無駄にでかい背中を思い出しつつ缶に手を伸ばした水沢は、対面から伸びて来た手と指先がぶつかり、慌てて手を引っ込めた。  見ると、ほんの目と鼻の先に篠山の顔が迫って―― 「ひっ」  慌てて身を引き、逃げるように篠山はパソコンに向き直る。項垂れ、「すみません」と呟く篠山は首も耳も真っ赤に染まり、まるで初めて河原でエロ本を見つけた中学生みたいだなと思った水沢は、ふと、胸の底に残る意外な感情の残滓に気付いて茫然となった。  可愛い、と思ってしまった。今、一瞬……
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