1章3節 絶望はまだ早く、

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 数十分すると駅近くにある市立図書館に到着した。  駐輪場に自転車を置き、自動ドアを通る。エアコンが効いているのか、外との温度差でつい身震いをしてしまう。  普段勉強するときは学校帰りの学生や子供連れの親が来ていて賑やかな場所なのだがこの時間帯は人が少なかった。……試験期間中はこの時間に勉強しようかな。  受付の人に会釈をしようとしたが誰かと話していた。邪魔になるしさっさと行くか。  入り口にある機会を通過するとさっき受付と話していた人がこちらに歩いてくる。……用事が済んだのかな。 「って、教授じゃないですか」 「おや、黒鉄君ではないですか。君とこんな所で会うとは……奇遇ですね」  被っていたシルクハットを脱ぎ、先程の人――――上重教授は僕に向かってお辞儀をした。 「よく僕のことが分かりましたね。大学には大勢の人が居るのに……」 「君は私の講義を聞いている数少ない人ですからね。顔と名前は一致していますよ。勿論、講義中に喋っている人も覚えていますけどね」  なんと僕を認知していたみたいだ。それに授業を受けてない人も。……ちゃんと講義を受けていて良かった。 「そりゃ学生の本分ですからね。それなりに聞きますよ」 「それは結構。最近の若者は興味がないことには見向きもしないですからね。……全く嘆かわしい」  真面目に受けていない人を揶揄しているのか、教授はやれやれと肩を竦める。……確かにあれは僕でも酷いと思うけど。 「そんなことより何故君が此処へ? あまりこういった所へ来る人とは思っていませんでした」  教授が僕に対して尋ねてくる。案外毒吐くなこの人。まあ僕も同感だけど。 「いやあ来週出すレポートの参考資料を探しに来たんですよ。ついでに気分転換も兼ねてですけどね」  ありのまま言うことはできないのでそれっぽい理由をつらつら述べる。自分の部屋に女の子を匿っています! なんて言ったら直ぐに通報されるし。  内心冷や汗がだらだらと出しながら教授に答えた。 「そうかそうか、それは邪魔したね。それでは私はお暇としよう。また学校で」 「はい、さようなら」  ……何とか誤魔化し切れたみたいだ。  僕の言葉に不信感を持たなかったのか、教授は出口を抜けていった。  どっと疲れがこみ上げてくる。これからが本番なのに……  
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