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築30年ぐらいで六畳一間、風呂トイレ同室のアパートが僕の住処だ。
部屋の中にはテレビもなく、元からついていた申し訳程度のキッチンに実家から持ってきた机と布団。
友達からは遊びが足りない、と言われたが正直どっちでもいい。
部屋に入るとバイトに行く前に敷いていた寝具に背負っている少女を横に倒す。布団が濡れてしまうがこの際諦める。
本当は体を温める為に風呂へ入れるべきなのだが気を失っている以上そうはいかない。
それに彼女を風呂に入れるには裸にしないといけない訳で――――
「これ以上は止めよう」
毛布を少女に掛け、部屋干しをしていたタオルを手に取る。
煩悩を払うかのように髪を乾かしていると少しだけ心に余裕が戻ってきた。
「……コーヒーでも飲むか」
タオルを肩にかけながらキッチンへ行きコーヒーメイカーを起動する。
ぽこぽこと淹れる音が響き、コーヒーの匂いが部屋を充満していく。
数分後、濡れた服を着替えていると機械音が鳴った。元に戻ってコップが一杯になったのを確認すると砂糖を大匙3杯入れる。いつも決めている量だ。
コーヒーが好きな人から見れば冒涜以外何物でもないが好きなのだから仕方がない。
マグコップを片手に部屋へ戻ると意識を失っていたはずの少女が起き上がっていた。
「……おはよう、目が覚めたかい?」
「…………」
……何も言わない。
それもそうだろう。目が覚めたら目の前には知らない男性が居て、知らない部屋に居たのだ。誰であろうと警戒はする。
「えっと、あのままだと君は死んでいたかもしれなかったからね。僕の部屋に連れさせて貰ったよ。……心配しなくても取って食う訳じゃないから」
なるべく優しい口調で話し、緊張した空気を取り払おうと少しだけ茶化す。そもそも何かするほど僕に勇気はない。
「………何で助けたの?」
「え?」
「さっきも言ったでしょ、関わらないで」
「……そんなこと言われても」
助けた相手の口から出る言葉じゃない。これは予想外だ。
急な発言に呆けている僕に彼女は問いかけた。
「……別に死んでもよかったのに。どうして?」
それを聞いて唖然とした。
『死んでもよかったのに』
おおよそ年端もいかない少女の言うものではないし普段なら耳にしない台詞。
頭が真っ白になり、思わず唾を飲み込んだ。
数秒だけ部屋には沈黙が走ったが何とかしてその問いに答える。
「……どうして、と言われても僕にも分からない。でも……あの状況なら普通は助けるだろ?」
ちぐはぐながらも言葉を紡ぐ。
一瞬だけ間が空くと彼女は呟いた。
「……貴方は普通の人なのね」
それはどういう意味だ? まるで自分は普通ではないみたいに。
外面的に言ったら確かに目の前の少女は普通の人とは異なる。普通の人はここまでがりがりにはならない。
しかし、内面的な面ではどうだろうか。流石にそこまでは分からないけど。
ぐるぐると思考するが今は考えている場合ではない、と諦める。それよりも彼女をどうするかが優先だ。
「とにかく、今日は此処で休んで行きなよ。豪雨になって来たし、今から帰るのは危険だ」
窓を指差す。さっきまでと違い外は雨に加え風が吹き、窓ガラスを揺らしていた。
それに倣ったのか少女は外を眺めていた。
手持ち無沙汰になったので持っていたコーヒーを啜る。喉を通過した液体はやけに冷たかった。
未だに外を見続けている彼女。そろそろ止めて欲しいけど……どうやって話しかけようかな。
「……そういえば名前を聞いていなかった。僕は黒鉄悠馬、君の名前は?」
あからさまに話題を持っていく。そうでもしないとこのまま延長線上になってしまう。
「神白」
「………えっと、それだけ?」
そう言うと彼女――――神白ちゃんはこくりと頷いた。
これは思ったよりまずいかもしれない。
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