1章1節 出会いは夜、

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  ♦ 『…ぐすっ…ぐすっ』 何処かの部屋で蹲りながら泣いている少女がいた。  誰かにいじめられたのだろうか。身体には殴られた跡があり赤く腫れていた。 『大丈夫か?』  そこに突然現れたのは一人の少年。少年は少女の元へ近づくと優しく頭を撫でた。 『あいつらのことなら俺に任せろって! けちょんけちょんにしてやるからな!』 『ぐすっ……ありがと』  へへん、と少年は笑った。  それはまるで太陽のような明るい笑顔で―――― 「……起きて」  誰かに呼ばれた気がして何とか瞼を開き、寝ぼけた頭を回転させる。  昨日とは違い、窓からは既に光が差していた。 えっと、昨日はバイトから帰って……その後はどうしたかな。 「……」 「……そういえば君がいたな」 目の前にいる少女の顔を見てようやく思い出す。  昨日はいつの間にか寝ていたみたいで、少女を――神白ちゃんをどうするか決めていなかった。 こちらにずっと視線を向けている彼女を見つめる。 昨日はそんな余裕はなかったが明るい所で見ると整った顔をしていた。目元ははっきりとしているし、陶器のように真っ白な肌。黒曜石を思わせる髪と瞳。……なんか恥ずかしくなってきた。  見つめ合うのを止めるとお腹がきゅるきゅると鳴った。……そういえば昨日は何も食べていなかった。 「とりあえずご飯にしよう、うん」  縮まった体を解してからキッチンへと向かう。ぼきぼき、と鳴るがいつものことなので無視。  冷蔵庫から保存しておいたご飯を取り出し、茶碗に入れる。電子レンジで解凍させるのと同時に昨日作った味噌汁を火にかけ、器に移すと簡単朝食セットの完成だ。 「いただきます」  部屋に戻ってご飯を口に入れようとしたら視線を感じた。……そういやこの子の分はどうしよう。 目の前の少女がこちらを凝視してくる。そんな顔初めて見た。 「君も食べる? そこまで凝った物じゃないけど」  彼女は首を縦に振る。……せめて何か言って欲しい。  キッチンに戻ると棚から小さめの器を取るとそのまま先程と同じ手順を繰り返した。 「はいどうぞ」  彼女の目の前に料理を運ぶ。本当に食事が出ると思っていなかったのか、彼女は料理と僕の顔を交互に眺めた。 「遠慮しなくていいよ」 「……いただきます」  僕が許可すると神白ちゃんはお行儀よく手を合わせた。箸を持つと小さな口を開けてご飯を咀嚼し始める。……躾はなっているんだな。  味噌汁を啜りながら観察する。てっきりこういった動作はできてないものだと思っていたのに。  黙々と食事が進んでいく。 先に食べ終わったのか彼女は食器を重ねると机の端に置いた。これは片付けろということか。  何となくせかされた気分になって味噌汁の中にご飯を入れて掻き込む。流れるような手つきで茶碗を四つ重ねるとシンクに突っ込んだ。 「さて、今から大事な話をするよ」  キッチンから戻り、机を挟んで座ると少女と対面する。  悩んでいても仕方ないし、説明した方がいいだろう。 「まず君をどうするかだけど……やっぱり警察に行くべきだと思う。どんな理由があってあの場にいたかは分からないけど家族の所に戻った方がいい」  残酷なことを言っているのを承知の上で彼女に伝える。  まだ社会で働いてもいない僕には彼女をどうにかしようにも、助けることもできない。それなら警察に頼った方がマシだろう。 「……家族は居ない」 「――え?」 「家族は誰も居ない」  淡々と言葉を告げる彼女。家族は居ない? そんな馬鹿な話があるか。  言い返そうとするが、彼女の眼差しが僕を貫く。  墨に近い漆黒。その視線は身体の内側に這入り、奥底へ潜り込まれた感覚がし、反論しようにも口を閉ざしてしまう。  ぞくり、と体が震える。……警察へ預けるのは得策ではないな。 「……分かった。警察に行くのは無しにしよう」  両手を挙げ降参する。ホールド・アップだ。  僕の格好を見て彼女は少しだけ驚いていたが……なんでだろう? ちょっとした疑問が出たがすぐに外へ追いやる。  この案が却下されるとかなり選択肢が狭められてくるが……困ったな。 「じゃあ僕の家にいる? 大したものはないけど」 「……うん」  笑いながら代案を言うが彼女はそれを本気に思ったのか頷いてしまった。……冗談で言ったつもりなんだけどな。 「……居させてくれなきゃ大声で叫ぶ」 「それはやめてくれ!」  つい大声を出してしまった。そんなことをしてしまったら僕は牢屋送りにされてしまう。それだけは阻止しなくては!  彼女も彼女だ。小声で言うから尚更たちが悪い。 色々あったがこうして僕と彼女の生活が始まった。
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