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早く帰ろうと必死に自転車を漕いで家に戻り、階段を二段飛ばしで登る。その流れで扉を強く引いた。
「ただいま」
部屋に入ると神白ちゃんが座布団に座っていた。 立ち上がらなかったのか家を出る前と同じ姿勢をしている。
机を見れば昼食用に渡したカップ麺が無造作に置かれていた。開けた形跡はあるが中身はそのまま放置されている。
「……お腹すかなかったの?」
彼女は首を横に振った。だとしたら何故食べなかったのか。
「……作り方が分からなかった。どうやって食べるの?」
「作り方が分からないだって?」
つい同じ言葉を繰り返してしまった。お湯を入れて3分待つだけで完成するのに。
今朝の様子を見る限り食事のマナーはなっていた。それに反してカップ麺はどういうものか知らないとは。これ程まで両極端なことがあるだろうか。
彼女の表情を見れば嘘をついていないことは容易に判断できる。だからこそ不思議だった。
「……それなら何か食べる?今朝と似たような感じになるけど」
「ん」
空腹だったのか食いつき気味に答えてくれた。
キッチンに行くと籠に入れてある食パンを二枚取り出す。それに冷蔵庫から持ってきたスライスチーズを置き、マヨネーズをかける。アルミホイルで包み、電子レンジに入れて数分待つ。できあがるまで時間があるのでカーディガンをハンガーに掛けておいた。
そうしている間に完成したものを大皿に移してから居間に戻った。
「はい、熱いから気を付けて食べてね」
「……何これ?」
「チーズトースト。もしかして知らない?」
神白ちゃんは小さく頷く。
……チーズトーストも知らない人がこの世にいたんだな。
心の中で涙が出そうになる。
「なら食べてみなよ、口に合うかは分からないけど。いただきます」
「……いただきます」
彼女はトーストを持って匂いを嗅ぐと恐る恐るトーストの端を噛付いた。熱かったのか少し驚いていたのが面白い。
「どう?」
必死に熱いのを我慢しながらトーストを飲み込むと神白ちゃんは輝いた表情になった。
「……美味しい」
「それは良かった」
無言になりながらトーストを食べている彼女を見ていると動画で見たハムスターの食事シーンを思い出す。
僕の視線に気づいたのか彼女は慌てて居住まいを正した。
「……ごめんなさい」
「どうして?」
「食事中にはしたないことをしてはいけないと言われていたから」
「そんなことぐらいじゃ怒らないよ。僕だって勉強しながら食べるときだってあるし」
躾は良いと思っていたがここまでとは。もしかすると神白ちゃんは良家のお嬢様かもしれない。
何となく納得いくが同時に疑問も生じる。何故、彼女はあんなに痩せているのだろうか。
夜遅くに外を出ていたのも、体重が軽いのもネグレクトだったら当然だ。しかし、仮に本当でも育児放棄している子どもに対して親は食事中の行儀を教えるものか?
僅かな手掛かりを基に考察する。謎は深まるばかりだ。
「……ごちそうさまでした」
考えている間に神白ちゃんがトーストを食べ終える。
すると僕の分のトーストを凝視してきた。
「もしかして足りなかった?」
「うん」
……意外にも彼女は健啖家だったご様子。痩せていたのはそれも理由かもしれないな。
「いいよ、遠慮しないで。僕はさっき大学で食べて来たから」
勿論嘘。講義が終わったら急いで帰って来たから食べる時間がなかった。
流石に女の子相手に嫌と言えるほど僕は薄情な人間じゃない。別に昼ご飯を抜いていても死ぬほどではないし。
空腹を誤魔化しながらなるべく自然に促す。神白ちゃんは少しだけ悩んだが空腹に勝てなかったようで僕が持っている皿を手に取った。
「…ありがとう」
お礼と共に彼女は小さく微笑んだ。
「――――どういたしまして」
初めて見た表情に思わず目を見開く。表情が乏しいと思っていたが、笑顔もできるんだな。
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