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 ルシヴィルの演説が終わると魔族やダークエルフ、巨人族の多くは余韻を楽しむようにしばらくはバルコニーを見上げていた。  ムートに空き缶や石を投げてくるまだ幼い魔族が五人ほどいたが、偶然か故意にか、近くに居た竜人族の長老が盾になってくれた。  この竜人族の長老は種族の隔てなく、みなから『ジイ』と呼ばれ愛されている。  住む場所が近いためか、ムートの家族とは親交が深く、ムートが生まれたときからまるで我が子のように可愛がった。  帰る道すがら、ムートはうつむいて急に立ち止まった。 「どうした……? ムートよ」  ジイはいつも通りのゆったりとした低い声で尋ねる。 「やっぱり魔族が王になるなんて……」 「ムートよ。お前が嘆いたところで現状は何も変わらんよ……今のお前にできることを、見つけなさい」  縁の無い老眼鏡の中央を中指で下げ、上目遣いにムートを見た。 「……僕、強くなりたいや」  聴力の優れた竜人族でもかろうじて聞こえるくらいの声量で呟いた。  それから二十日間、ジイは姿を消していた。これまでも急に旅行に出かけたり、知り合いの家に泊まり込んで麻雀に明け暮れるなどで家を空けることも珍しくはなく、特段心配はしなかった。  久しぶりに訪ねてきたジイの変わりように、ムートは数秒間それがジイだとは気付けなかった。
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