(番外3)初恋のその先

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 特に抵抗がないのをいいことに抱きしめる腕に力を込めてみると、その中の圭一はいつもより熱いような気がした。もしかしたらそれも気持ちが昂ぶっている和志の思い込みなのかもしれないけれど。  抱き合うことにはずいぶん慣れた。キスをしようとして前歯をぶつけることもほとんどなくなった。手伝う必要はないと拒む圭一をなだめたりすかしたり懇願したりして、何度も一緒に「練習」だってやってきた。だから、最初はいつもと同じ流れでいいはずだ。ただ普段と同じところでは終わらせない。違うのはきっと、それだけ。  なのに、いざ千載一遇のチャンスだと思うと和志の心臓は激しく打ち、自分でも恐ろしく思うほどの焦りに襲われる。  ネットで体験談だってたくさん読んだ。ああいうのは話半分どころか一割も真に受けるなと釘を刺されながらもその手の動画だって観た。こういうのはすでに証明されている事象の再現実験と同じ。先人たちの経験を学び、ちゃんと準備して、必要であれば予行練習もやって、焦らず自信を持ってやれば必ず成功する。わかっているのに体が上手く動いてくれない。 「何固まってんだよ」  黙って和志の肩に頭を預けていた圭一がそう言って顔を上げた。どことなく表情は不満そうだ。 「え、いや、あのその。……もしかしたら圭ちゃん、お腹空いてるかなと思って。ばあちゃんのちらし寿司、食べる?」  そういいながら和志は意気地なしの自分を殴りつけたい気分だった。せっかくここまでお膳立てしておきながらいざとなったら硬直して、この有り様。これでは圭一に童貞だと笑われ揶揄われ罵られたって仕方ないのではないか。とはいえ緊張のあまり手のひらも背中も冷たい汗が気持ち悪いほどで、今の和志には心身両面を立て直す時間が必要なのは確かだ。ここは夕食を先に済ませて、そこから落ち着いてもう一度ムードを……。  もやもやと考えていると、頰に痛みが走る。 「痛っ、何するんだよ圭ちゃん」  痛みの理由は探るまでもなく、仏頂面で和志の頬を思いきりつねっている圭一だ。左右の頰を容赦なくぎゅうぎゅうと引っ張られる痛みから逃れようと和志は思わず身をよじった。圭一は、そんなみっともない和志の姿を眺めて、こらえきれないといった様子で吹き出す。 「ていうかそういう態度取られると、こっちまで照れくさくなるだろ。この状況で何がメシだよバカ」
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