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いきさつ
「ウメちゃんー、ちょっと頼みたいことがあるんだけど。」
なれなれしく電話をかけてきたのは河合裕(かわい・ゆう)。あんまり付き合いたくないタイプだけど、なにしろ議員さんだから顔が広いし、なにかと便宜を図ってもらえることもあるんで無下にできない。そういうことを知ってか知らずか「困っている人の相談に乗ってくれないか」という依頼を何度かもらってる。
もちろんボランティアだけど場合に寄っては、料金が発生する場合もあるということを前もって言っておくのが、私の流儀。最初の相談は無料にしておくけどね。私だって好きでタダ働きをしたいわけじゃない。とはいっても、代理人なんていう仕事は「面倒なことに巻き込まれていて、どうにもならなくて困ってる。法律に沿ってなんとかしてほしい」っていうことで来る人が多いから。
しかも河合議員の持ってくるのは間違いなく「面倒」な案件。ついつい答える声も不愛想になる。
「河合先生、一体今度はどんな面倒なお話?」
「またまたー、そんな怖い声ださないでよぉ。僕、気が小さいからちびっちゃう。」
なにが気が小さいんだか。心臓に毛が生えまくって、面の皮は特注の分厚さのくせに。前に代理人を引き受けた人の親類筋らしくて、その人から私のことを聞いたらしくて、ちょいちょい案件を持ち込んだり用もないのにお茶を飲もうとか食事をしようとか言ってくるのも、ちょっとうっとおしい。これでイケメンならまだしも、ぽっちゃりデブの40男だからなあ。
「いいから、早く用件を言ってくんない?わたしも暇じゃないんだけど。」
「おお、こわい。そういうところも僕のハートをわしづかみにして離さないのが憎いねぇ。今度、ヒルトンで美味しいごはんでも一緒にどう?」
「仕事の話じゃないなら切るわよ。」
「あっ、まって、まって。もぉ冷たいなあ。そこがまたいいんだけど。」
「わかった、切るから。それじゃ。」
「あ゛ーーー、まってって。ホント気が短いんだから。地元の名士なんだけど困ってるんだ。相続でもめて家を追い出されるかもしれないんだ。お願い、相談に乗ってあげてくれない?」
「最初から、そういう話をしてほしいものよね。無駄な時間、嫌いなのよ。何度言ったらわかるのかなあ。」
「だから、奢りますって。」
「ヒルトンは結構よ。」
「じゃあ、あそこのアフタヌーンティはどう?スリーピングポットでお茶入れてくれる・・・」
う、なんで私が行きたいと思っているところを知っているかな。なかなか時間が取れなくて、行けてないアフタヌーンティの美味しいところ。しかもロンネフェルト社のスリーピングポットで紅茶を入れてくれる数少ないティールーム。アリスのお茶会にでも出てきそうなステキなポットだと聞いてる。
「じゃあ、決まりね。詳しい話はそこでするから。」
「ちょ、ま、まだ行くって言ってないわよ。」
「明日の5時はどうです?予約入れておきますね。」
有無を言わさぬ強引なところも嫌いだが、ついうっかり返事をする。
「・・・わかった。明日の5時ね。」
「やったー、久しぶりにウメちゃんとお茶ができるー。」
「ホントに困っている人、いるんでしょうね?」
もしお茶をしたいためだけの嘘だったら許さないぞという気迫をこめてやる。
「も、もちろん。ちょっとひどいんですよ、もう一人の相続人っていうのが。僕もできるだけ力になってやりたいけど、もう法律で何とかしてもらわないと無理そうだから。」
「了解。」
「明日4時半にお迎えに行きますから、よろしくー。」
「はいはい。」
大きくため息をつきながら電話を切った。またうまく乗せられたかな。仕方ない、話だけでも聞いてやろう。
「河合先生からですか?」
「ええ、そうなのよ。また面倒な仕事みたい。」
事務員の佐倉すみれさんがお茶を持ってきた。
「あの先生、悪い人じゃないんですけどね。」
「どうせ自分の地元のエライ人に泣きつかれたのよ。話次第では断ってやるつもり。」
「で、なにか美味しいお話もあったんですよね。」
ニヤニヤする佐倉さん。
「え、まあ・・・。そりゃあ美味しいものくらい奢ってもらわなきゃ聞く気にならないでしょ。」
「今度はどこです?ヒルトンですか?」
「ヒルトンはけっこうって断った。」
「じゃあ・・・あそこですね、話題のアフタヌーンティのできるティールーム。」
「どうしてわかるのよぉ。」
「顔に書いてありますから。」
そんな分かりやすい人間かなあ、私。
「っていうのは、冗談ですけどねー。だってウメさんが好きそうなんですもん、ああいう庶民がなかなか行けなさそうなところ。それに前にロンネフェルト社のスリーピングポットっていうのをネットで見かけて、近くに無いか探してたじゃないですか。」
佐倉さん、そういえば私のネットのつぶやき見てるんだったな・・・。これから気をつけないと。
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