依頼人、大堀真澄の話

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依頼人、大堀真澄の話

河合議員がいなくなって、依頼人と事務所で改めて話を聞くことにして、その日は終わった。 依頼人の都合のいい日にあわせて、事務所に来てもらうことにした。当日は事務員の佐倉さんにお茶出しを頼んでおいた。お茶菓子も彼女に頼んでおけば間違いない。依頼人は、だいたい弁護士を頼むまでさんざん悩んで消耗している人も多いので、美味しいお茶菓子とお茶というのは必須だというのが彼女の持論。そういいつつ、自分もお相伴にあずかれるのを喜んでいるのは間違いないけど、それは私も同じ。普段はそんな上等なお茶もお菓子も用意したりしない。執事の庄司に言われるまでもなく、うちの事務所が赤字なのは私だってわかってる。事務員を雇う余裕だって本当は無いんだけど、これも事情があって雇っている。 コンコン、というノックの音で佐倉さんが応対に出ている間も、河合議員にもらった「いままでのいきさつ」の分かる書類などに目を通しておいた。彼も一応、依頼人のお父さんに世話になっているだけあって家族構成などもわかるだけ書いておいてもらった。もちろんこちらでも戸籍など、調べられるだけは調べておいてある。 「依頼人には弟がいるだけなんだな。あとは父親には妹がいたけど20代のころに行方不明になったと。それから7年たっているので死亡したものとされていると。ふーん。母親には係累はいるけど遠方ばかり。父親の親族は、あとはいとこが近くに何人かいるらしい、か。」 「松田先生、いらっしゃいました。」 「はい、どうぞお入りになってください。」 「あの、よろしくお願いします。」 「どうぞ、そこにおかけになって。」 応接セットというより、もう少し事務的な感じのテーブルとイスが隣の部屋に用意してある。入り口の部屋には佐倉さん、一番奥の小部屋に私の仕事部屋、真ん中に依頼人の相談を聞く部屋という風になっている。 テーブルの上にはノートパソコンとタブレットなどが用意してある。 「お茶をどうぞ。」 佐倉さんがお茶とお菓子を持ってきた。今日はきんつば。ちょっと離れたところの和菓子屋のものだろう。こじんまりした昔ながらのお店で、今どきの新しい店ではないけど、ここのあんこを使ったお菓子は絶品。夏場はパック入りのあんみつなんかもある。冷蔵庫で冷やして器に開けて食べると幸せになるというくらいのおいしさ。いまはまだシーズンじゃないので、佐倉さんはきんつばにしたのだろう。もっとも依頼人にあんみつを出しても食べにくいかもしれない。 「どうぞ遠慮なく。わたしもいただきますので。」 そういいつつ、さっさときんつばに手を出してほおばる。外側がパリッとしていて、中に詰まった小豆がふっくらつやつや、口の中で控えめな甘さが広がる。しあわせーー♪ 依頼人も、つられて一口かじったようだ。 「あの、これはひょっとして『あずまや』さんのでは?」 「よくご存じですね、そうなんです。『あずまや』さん、美味しいですよねっっ。」 「母が好きだったものですから、よく買ってきてお茶を・・・。あ、すみません。」 ハンカチで目を押さえる依頼人。お茶を大きな音を立ててずずっとすすって、見てないふりをする。 「そうなんですか。お母さまも美味しいお菓子がお好きだったんですね。」 「ええ、そうなんです。あんこのお菓子が大好きで。他のお店のを買って行っても『やっぱり、あずまやさんのほうが美味しいねぇ』なんていうものですから、うちは『あずまや』さんでよくお饅頭や最中なんかも。入院中も『あずまやさんのきんつばが食べたい』なんて言ってまして。『はやく良くなってお家で食べようね』って言ってたんですけど・・・。」 また涙ぐむ依頼人。 「まあまあ、娘のあなたが代わりに食べるのも供養ですよ。よかったらもう一ついかがですか?」 「ありがとうございます。あの、じゃあこれ1つ持って帰ってもいいですか?仏前に供えたいので。」 「いいですとも。1つと言わず2つどうぞ。たしかお子さんがいらっしゃるんでしたよね?」 「はい。あの子にも苦労を掛けてばかりで。」 「失礼ですけど、ご主人様は・・・。」 「がんで10年ほど前に。まだ息子も小さかったものですから、それで実家に身を寄せまして、両親と4人で暮らしてたんです。」 「弟さんは、その時はもう音信不通で?」 「ええ、大学を卒業してから遠くで就職をしたのですけど、音沙汰が無くなってしまって。父と折り合いが悪かったものですから、あまり家に帰りたくなかったのかもしれません。大堀の家は、ちょっと変わっていまして・・・。跡取りになるのに色々と条件があるものですから。弟は父の希望に添えない「跡取り失格」ということもあったかもしれません。」
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