いつか「わたし」であった人へ

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――「わたし」なんて嫌いだ。  めったに鳴らないメールの着信音が鳴る。窓の外をぼうっと眺めていた私を現実の世界へ引き戻すようにけたたましく鳴ったブブッ、というバイブ音に、私はスマートフォンのロックを外した。  ポチポチ。私の誕生日。私が生まれた日を忘れないように再確認するみたい。  時折本当に忘れてスマートフォンが開けなくなるんじゃないかって不安があるけど、とりあえず今は大丈夫そうだ。ちゃんとメールを確認している。 「………あら、奇遇ね」  未開封の青い丸を撫でると、「わたし」なんて嫌いだと、書かれていた。唐突な告白に相槌を打ってから、はて、こんなメール誰から来るのだろうと差し出し主が気になった。見ると、そこには買いそびれた大学の教科書を買うために登録していたフリーマーケットアプリの名前が書かれてあった。 「……どういう事?」  想像力に乏しい私は咄嗟の事に頭が回らず、パペットみたいに口をパクパクさせていた。いや、多分誰が見ても分からないと思うけど。 「『わたし』なんて嫌い――」 ――「わたし」なんて嫌いと思っている、きっと何者にもなれない皆さまにお知らせです。  メールは、淡々と続いている。 ――そんな「わたし」は売ってしまいましょう!  飾りっ気のない文字だけで。 ――ずっと持っていたって後悔しかしませんよ?  何とはなしに、メールは結ばれた。 ――あなたは「わたし」、本当に好きですか?売りましょう、嫌いな「わたし」  最後の数行に、「わたし」を売るための手順が書いてある。  「わたし」の写真と「わたし」の名前、それから「わたし」のもう一つの名前。
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