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いつものベンチで待つ間、蒼は少し昔の事を思い出していた。いつもは二人で来るこのベンチに、今日は初めて一人で来ている。しかも、ずっと会ってみたかった同じ趣味を持つ人が、もうすぐここにやってくる。あるいはそんな状況だからか、迅と初めて会った日の事を思い出していたのだ。
どうして僕と友達になりたいと思ったのか、そう聞くと迅は恥ずかしそうに、「なんとなく、直感で花月と友達になりたいと思ったんだ」と打ち明けた。今でもその表情を忘れない。下を向いていたからいつの間にか満開になっていた桜の花が舞う様子も、春の風に乗せられた花の甘い香りも、うるさいだけの喧騒の楽し気な様子も、その表情を見たから全部気が付けた。
「もう、何が直感だよ、迅……」
右手で耳のそばの髪を何度も梳きながらぽつりと呟いた言葉は苦笑を伴っていて、どこか嬉しそうでもあった。
昼間迅が座っていた場所を指でなぞり、蒼はその隣に腰かける。それがいつもの位置だったから、意識せずともその位置で座っていた。放課後になってから迅と別れてすぐに来たために件の生徒が来るまで少し待つだろう、と蒼は目を瞑った。
――今頃、迅、どうしてるのかな。
少しだけ目を開いて、ほっと吐いた息が白くなって空に昇るのを幻視する。左手で右手を握るようにしてだらんと太ももの上に寝かせた両手が痛かった。手袋を持ってくればよかったな、と蒼は内心苦笑した。
この日は週のはじめの月曜日。月曜日は決まって迅と二人でふらっと街を歩くのだが、今日彼はアルバイトが入っているという。
「…………ありがと、迅」
でもきっと、それは嘘。
迅は、蒼が同じアイドルが好きな人と話してみたいと願っている事を知っていたのだ。だからきっと、迅は今日の時間を蒼のために作ってくれたのだろう。
迅のささやかな優しさに頬が緩んでいる事に、けれど蒼は気が付いていなかった。
「ごめん!待たせた!」
「あっ」
ズボンのポケットに手を入れようかと悩んでいると、昼休みと同じようなせわしなさで待ち合わせしていた生徒がやってきた。よほど急いできたのか、蒼の前まで来ると膝に手をついた。
「ああ……今日日直なの忘れてた……できるだけ急いだんだけど……待ったよね」
「ううん。大丈夫だよ。というか、そっちこそ大丈夫?もっとゆっくりでもよかったんだよ」
蒼がそう言うと、その生徒はどこかで見たような人懐っこい笑顔を見せて、
「しししっ。だってさ、早く話したかったんだ。ほら、キミも楽しそう」
「えっ」
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