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言われて蒼は口元に手を添えるが、指先の感触がはっきり分からないくらい心がざわついていた。
――同じだ。似てるよ、あの時の笑顔と。
しばらく何も言えなくなった蒼に、その生徒は「おーい、大丈夫か?」と心配するように繰り返していた。
ふ、と我に返った蒼は慌てて大丈夫、ありがとうと返すと、目線を合わせるためベンチから立ち上がった。
「よし、じゃあ行こうぜ!」
「うん…………あっ、あの、その前に」
「ん?どうした」
「あの、名前……」
「ああっ」
放っておくと一人で先に行ってしまいそうなその生徒の背中を見て、蒼はまだ自己紹介も済ませていない事を思い出した。もう長い付き合いの友人のような気さくさや距離感に慣れてしまったからか、名前を知らないのだと忘れていたようだ。
「あ、あの、僕……花月蒼って言います。2組です、一年生です」
「えっ、キミもアオイという名前なのか?」
「キミも、というと…………もしかしてあなたも」
虚を突かれた蒼はどぎまぎしながら、聞いてきたその生徒はどこか気まずそうに、半ば対照的な反応を見せる中、その生徒は頷いて言った。
「そう。オレもアオイ。保科葵だ。クラスは三つ違うけど、同じ一年生だ。改めて、よろしく。オレの事は……好きに呼んでくれ」
力のない笑みとともに差し出された手を見ていると、どうしてか蒼は昔の自分を思い出した。だからか分からないが、何となく、保科葵という生徒が自分の名前に抱く感情がどんなものか分かった気がした。
だから、蒼はうん、と相槌を打つ。
「よろしくね、保科。僕の事は蒼でも、花月でもいいよ。好きに呼んでね」
「……そうか。じゃあ……アオ、って」
呼んでもいいか。
保科は、一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに元に戻して、そのかわりにまたあの人懐っこい表情ではにかんで呟く。声量こそ小さかったが、蒼には十分聞こえる大きさで、保科の声は漂った。
「……うん、大丈夫。さあ、改めて行こっか、保科」
「ああ、アオ。行こう」
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