第一話 オリオンの出会い

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「……あっ!!」 「ど、どうした蒼。急に叫んだりして……珍しいな。なんかあったのか!?」  蒼が画面を見て口を開けたり閉じたりしている時、二人の座るベンチから少し離れた場所で同じようなやり取りが聞こえて、迅はなんだなんだとあたりを見回した。 「いや、えっと……ごめんね。驚かせちゃって。あのね、今SNSに僕がいつも言ってるアイドルが新曲を出すって上げてて」 「あー、なんだ、それの事か。蒼、それってあれだろ、確か…………星の名前みたいなユニットで、えーっと、昨日も話してた」 「うんうん」  蒼は本当は今すぐまくしたてたいくらい気分が高揚していたが、それよりも自分の好きなものを思い出そうとしてくれている迅の姿をもう少し長く見ていたくて、上がる口角には気づかないように悪戯めかして(うなず)いた。当ててみて、と。 「うーん」  記憶をあさっている迅の姿は勉強の時以外はあまり見なかったから嬉しくて、スマートフォンを胸の前で握りしめながら弾まないように意識して、「思い出せそう?」と(つぶや)く。  蒼の小さな声も届くくらいに、昼休みの終わりが近いこのベンチ付近には人影が少なかった。 「あ、思い出した。オリオンだ、ご当地アイドルの、オリ……」 「うんうんっ?」  迅がはじめに「オリオン」というユニット名を口にしたとき、つられて髪の毛が踊るくらい首を縦に振った蒼。そのままオリオンと繰り返そうとした迅の声を遮って、どこからともなく走ってきた誰かがやや興奮気味に突っかかった。 「あー!!あのっ、キミ、あなた……様!は、オリオンの事知ってるのか!?」  蒼も迅もぎょっとして声と足音の方を向くと、そこには快活そうな生徒が頬を上気させ、右手にスマートフォンを握りしめて立っているのが見えた。この生徒も蒼と同じようにオリオンの新曲発表のニュースに興奮していたのだろう。 「ああ、いや。俺じゃなくて。オリオンが好きなのはこっち。ほら、蒼。案外近くにいただろ?オリオンが好きなヤツ」 「えっ、あっ、うん……」 「キミか、じゃあやっぱり……!?」  蒼は、この手の臆さずぐいぐいと距離を詰めてくるタイプの者は苦手で、それがたとえずっと欲しかった共通の趣味を持つ人――同じオリオンのファン――だったとしても。けれど、膝の上でスカートを(ひるがえ)し、目にかかった前髪を払って、きらきらした目で蒼を見つめるこの生徒の表情があまりに純粋で、それまで感じていた苦手意識も嫌悪感さえ何も抱かなかったから、滑りだした声は戸惑いから興奮にすぐに変わった。 「うん、新曲の発表!」 「だよな!うわぁ、いつぶりだ……!早く聴きたいな、ほんと」 「うん、僕も待ちきれないよ……!」  それから二人は鐘が鳴るまでの数分の間、ずっとオリオンの話に花を咲かせていた。画面の向こう側に同じような話をしたつながりのある知り合いやファン仲間はできても、同じ時を共有して、感情を直接声で表情で身振りで距離感で――交わしあうのは、オリオンが話題のその他のどの会話よりも楽しかった。 「あー、鐘鳴ったな……ねぇ、オレは放課後暇なんだけど、話せないか?」 「あ、えっと……」  昼休みの終わりを告げるベルを聞きながら、少しだけ焦ったみたいに言うその生徒の提案に、蒼はちら、と迅の方を見た。  迅は本と昼食に食べた総菜パンのごみをまとめているところで、蒼の視線の意味をすぐに理解して応えた。 「俺、今日はバイトだから好きなだけ話してくるといいよ」 「ほんとっ。えへへ、あの、僕も放課後、今日は平気なのでもっとお話ししましょう!」 「そうか、それはよかった!待ち合わせ場所は……決めてる時間ないからここで!ああ、やっべ、遅れる…………じゃあ、また放課後に!」 「うん、放課後」  忙しなく駆けていった生徒は昼休みの後の授業が遠い場所でやるのか、あっという間に二人の視界からいなくなってしまった。  同じクラスの二人の次の時間は自習で、監督の教師はいないため、多少遅れてもいいだろうと普段のペースで教室へ戻っていく。 「蒼、そんなに嬉しかったのか?」 「え、ぼ、僕嬉しそうにしてる?」 「うん。いまなら何しても何も言われなそう。なあ、自習の時数学の」 「それは自分でやってね、迅。うーん、そうかなぁ」 「くっ、やっぱだめだったか」  がっくりとうなだれる迅の姿にほんの少し前までの熱は冷えてなくなっていった。ただ、いつも通り迅の隣を歩く事の嬉しさと、今は――いつもよりも放課後が少しだけ楽しみだった。 「あれだよ、迅の好きな小説が大好きだって人が突然現れた……みたいな感じ」 「あー、それなら確かに。分かるかも」  まあ、何にせよ、だ。  そう言った迅は、高校生男子の平均身長くらいの背の迅に比べて頭一つ分小さい蒼の頭に手を置いて、二、三度撫でる。 「よかったな、見つかって。楽しんで来いよ」 「…………うん。ありがと、迅」 「ああ」  二人にしか分からない会話。  それは、冬の空のオリオンの光よりもずっと、(まぶ)しく思えた。
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