0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
今にも降り注いできそうな、満点の星空だった。
普段宇宙とか気にしないけれど、圧倒的な自然を前にするといかに自分がちっぽけな存在か思い知らされる。六月下旬、例年より少し早めの梅雨明けすぐだったのもあって、洗われた空はいつにも増して星をハッキリと映しだしていた。
「山に登ろう。」金曜日の仕事終わりに唐突にそう思った。幸いにも家から車で二十分程の所に展望スポットがあるのを思い出し、今に至る。最低限の明かりしかないここは、隠れたデートスポットとして地元の人から愛されているが、運が良かったのか、今日は他に車は見えない。
流れ星でも流れないかな。そんな淡い期待を胸に膨らませるも、星々は黙って輝き続けている。
スマホをポケットから取り出し、カメラを向けた。分かってはいたけれど、やっぱり肉眼で見るそれらよりも何倍も劣っている画面の中の星空を見て、シャッターを押す事をやめた。
『明日、船に乗るんだっけ?』
俺がスマホを触っている事を知っているかのようなタイミングで彼女から連絡が入った。明日は付き合って三年目の記念日デート。少しだけ心臓が跳ねた。返事を後回しにしてもいいが、そのまま忘れてしまう可能性もありそうだと返事を返す。
『そそ。チケット取ってあるから。』
『え!一人いくらだった?』
『いいよ、記念日くらい奢るよ。』
『ありがと。』
俺らの場合、デートのお金は基本的に割り勘だ。なんでもない日に奢られるのは誰であれあまりいい気がしない今時の感性を持った彼女の意志を尊重した結果である。軽快なリズムで会話が続き、最後は彼女からのハートを抱えた猫のスタンプで終了した。
手元の光から目を離し、遠くの光に再度目を向ける。大きく深呼吸をすれば、湿り気を孕んだ夏の空気が肺に入った。
「記念日、ね。」
半年前から悩みを抱えながら待ち続けた。今もその悩みは胸の奥でころころ転がって居座り続けている。だからかもしれない、今日、急にここに来ようとしたのは。
「願いが、叶いますように。」
動きそうで動かない星々に向かって願いを託す。こんな時くらい一つ流れてもいいんじゃないかな。現実はそんな漫画やドラマみたいにロマンティックじゃないか。
けど、「がんばれ!」と、背中を押されているようなそんな気がしたから満足しよう。
俺は明日、彼女にプロポーズする。
終
最初のコメントを投稿しよう!