嘘つきと泥棒の始まり

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早紀ちゃんは嘘つきだ。 「早紀のお父さんは流星アスカなの」 「早紀は本当は大人なんだよ」 「早紀のおうちにはパンダちゃんが住んでるの」 クラスの皆は早紀ちゃんの話が全部嘘だと知っている。流星アスカはアニメの主人公だし、早紀ちゃんはどう見ても小学校一年生だし、パンダはマンションじゃ飼えないから。だけど、知らないふりをしている。話を聞いても 「ふーん、そうなんだ」 と言うだけだ。それでも始めの頃は本当かもしれないと思っていたから 「お父さんは流星アスカの声優なの?」 「大人ってどういうこと?」 「パンダ見たい。今度おうち行っていい?」 とか聞いていたけど 「パパはアニメの流星アスカだよ」 「本当は大人だけど魔法の薬を飲んじゃったから子供の姿になっちったの」 「パンダちゃんは誰かに見せると動かなくなるからダメなの」 って早紀ちゃんが言うから皆は段々 「ふーん」 って言うようになった。中には 「お前嘘ばっかつくなよ」 って怒る子もいたけど早紀ちゃんがあんまり普通に 「ホントだよ」 って言って堂々としてるからよく分からなくなってやっばり 「ふーん」 って言うようになった。そしてしばらくすると、誰も早紀ちゃんの話を聞かなくなっていたけど、早紀ちゃんは平気だと思った。 一学期の終業式の日、早紀ちゃんはいつものように一人で学校から帰ってきた。首から下げている鍵で玄関のドアをカチャリと開けると空気はシーンと冷たかった。前にママが帰ってきたのは月曜日だったから金曜日の今日はまだ帰ってこないのかなと考えていると、お腹がグーと鳴った。今日は昼までの時間割で給食が無かったからだ。冷蔵庫を開けると月曜日にママが買って帰ってきてくれたチーズケーキの包み紙と、水が少し入った大きなペットボトルが転がっていた。 「このチーズケーキとっても美味しいから早紀に食べさせてあげたくて」 と言いながらママがキラキラが付いたピンク色の爪で箱を開けてくれたのを早紀ちゃんは思い出していた。そのチーズケーキは本当に美味しかった。 早紀ちゃんはママが置いていった最後の千円札を握りしめてコンビニに行こうと玄関で靴を履いた。ちょっとキツくなってきて小指が痛いけどギュッと押し込んだ。 早紀ちゃんのパパとママは、早紀ちゃんが幼稚園の時、毎日喧嘩をしていた。喧嘩が始まると早紀ちゃんはお人形のミミちゃんのお母さんになった。ミミちゃんの背中をトントンしながら寝かしつけるように抱っこするとパパとママの喧嘩してる声が少しだけ遠くに聞こえる気がしたからだ。 そんなある日、パパがランドセルを買ってきてくれた。それはピンク色で留め金のところにハート型のキラキラが付いた、早紀ちゃんが欲しかったランドセルだった。早紀ちゃんは嬉しくて、嬉しくてその夜ランドセルを抱きしめて眠った。そして、その次の日からパパはいなくなった。 「パパはどこに行ったの?」 とママに聞くと 「出て行ったのよ」 と怒ったように言った。早紀ちゃんがびっくりしていると優しい声で 「あのバパは偽者だったの。早紀の本当のパパはねぇ……」 とちょっと考えてから早紀ちゃんが着ていたアニメ柄のパジャマを指差して 「流星アスカなんだよ」 と笑顔で言った。早紀ちゃんは流星アスカは好きだけど、パパが偽者だったと思うと悲しくなった。 それから暫くして、ママはノリ君って言う男の人を連れてきた。ママは嬉しそうだったので早紀ちゃんも嬉しい気がした。そのうちノリ君はいつも家にいるようになった。ママは早紀ちゃんが幼稚園から帰ると口紅を塗って、髪の毛をクルクルにして 「お仕事に行ってくるから、ノリ君と賢くしててね」 と言って出掛けて行った。その時のママは綺麗でいい匂いがして別の人みたいだった。それから早紀ちゃんはノリ君と二人で過ごすことが多くなった。 始めの頃、ノリ君は早紀ちゃんにいろいろ話しかけてきた。 「幼稚園楽しい?」 「今日は何をしたの?」 とか聞いてきた。でも、早紀ちゃんがお話しを始めると、ゲームの画面を見ながら 「あーそうなんだ」 「へー」 と言うだけであまり聞いてないようだったから早紀ちゃんは話すのをやめた。ノリ君も何も聞いてこなくなった。 入学式はママと手を繋いでスキップしながら学校に行った。とても楽しかった。ママは帰り道 「今日は一緒にお出掛けしょっか」 と言っていたけど、うちに帰るとノリ君が 「子供邪魔じゃない。二人で出掛けたいんだけど」 と言った。ママはノリ君に何かコソコソ言っていたけど、ノリ君がイライラしてきたのが分かると、早紀ちゃんをよんだ 「早紀に大事なお話があるの」 と言うと、ママはちょっと考えてから 「早紀は本当は大人なの。20才なの。ずっと前に魔法の薬を飲んじゃって子どもの姿になっちゃったんだよ。だから一人でお留守番も平気だよね」 と言った。早紀ちゃんはよく分からなかったけど、大人だから我慢しなくちゃいけないんだと思った。だからママとノリ君が出掛けてなかなか帰ってこなくても頑張った。本当は夜になってもママが帰ってこないから、寂しくて、怖くて、ママに一緒にいて欲しいと思ったけどベッドでジッと目を閉じていた。 それから、ママとノリ君は二人で出掛ける事が多くなった。早紀ちゃんは、お腹が痛い時や、怖いテレビを見た時はやっぱりママに一緒にいて欲しいと思ったから 「一人でお留守番するのはちょっと怖い」ってママに言ってみた。そうしたらママは大きなバンダを連れてきた。それは早紀ちゃんと同じ位の身長でモフモフしていて、抱っこすると早紀ちゃんが抱っこされてるような気がした。 「このパンダちゃんはね、今は動かないけど早紀が怖くなったら助けてくれるのよ。でも、誰かに見られたらダメなの。もし、誰かに見られたらただの縫いぐるみになっちゃうからね」 と言うとママは優しく笑って 「すぐ戻るからね」 と言ってノリ君と出て行った。それからママのお出掛けは何日も続くようになった。 コンビニから戻った早紀ちゃんはクーラーを付けて、買ってきたアイスクリームを食べた。担任の先生が 「夏休みのお手紙は必ずおうちの人に渡してください」 と言っていたので通信簿と一緒に机の上に置いておいくことにした。でもママは月曜日になっても帰ってこなかった。 それから何日かたった真夜中、早紀ちゃんは物音で目が覚めた。『ママが帰ってきたのかな』と思いながらリビングの扉を開けると、窓から差し込む月の光に照らされて黒い人影が見えた。大きな袋みたいなのを肩に背負っている。早紀ちゃんは思わず 「サンタクロース」 と呟いた。人影はびっくりしたらしく袋を落とした。その中からノリ君のゲーム機や、ソフトが転がり出てきた。前に早紀ちゃんがゲーム機を触っているとノリ君が凄く怒って 「二度と触わんな。最新のやつなんだぞ、いくらすると思ってんだよ」 と言って腕を反対方向に曲げられて凄く痛かった事をボンヤリ思い出していると 「誰もいないと思ったのに」 と人影が怯えた声で言った。 「早紀は大人だから一人でお留守番できるから」 と早紀ちゃんが言うと 「一人なの。マジで?助かったー」 とホッとしたように言った。早紀ちゃんは 「サンタクロースなの?」 と聞いてみた。すると人影は少し考えて 「そう、サンタクロースだよ」 と言ったが、その声はお爺さんみたいじゃなくて、パパよりノリ君よりもずっと若い人の声のように聞こえた。 「サンタクロースは冬にくるでしょ。今は夏なのにどうして?」 と早紀ちゃんが聞くと、また少し考えて 「オーストラリアのサンタクロースは夏に来るんだよ。僕はオーストラリアから来たんだ」 と言うので早紀ちゃんはちょっと嬉しくなったけど、不思議に思うことがたくさん出てきた。 「どうしてお髭が無いの?」 「オーストラリアは暑いから剃ったんだよ」 「どうしてお爺さんじゃないの」 「オーストラリアじゃ、サンタはサーフィンに乗ってやって来るんだよ。太ったお爺さんじゃ乗れないだろ」 「どうして、早紀のうちに来たの?」 「それは……」 サンタさんは少し考えて言った。 「早紀ちゃんが一人だからだよ」 早紀ちゃんはびっくりした。早紀ちゃんが一人だと知って来てくれたと思うと凄く嬉しくなった。今度はサンタさんが聞いた。 「早紀ちゃんのパパやママはどこにいるの?」 「パパはランドセルを買ってくれた次の日から帰ってこなくなったの。ママはノリ君とお出掛けだから次に帰ってくるのは、月曜日かもしれないし、火曜日かもしれない」 サンタさんはまた考えて、それからもう一度聞いた。 「ママはこの前はいつ帰ってきたの?」 「前の前の月曜日。その前は雨がすっごい降ってた日の前の日」 「あの台風の日?ってことは先月ってことかよ」 サンタさんは怒っているみたいだった。 「お前、飯とかどうしてんの?」 とぶっきらぼうに聞いてきたので早紀ちゃんはちょっと怖くなった。それに気付いたのかサンタさんは優しい口調でもう一度言った。 「ご飯は食べてるの?」 早紀ちゃんは恐る恐る答えた。怒りだしたらノリ君みたいに叩いてくるかもしれないと思ったからだ。 「ご飯はママがチーズケーキを買ってきてくれたのがあったけど、食べちゃったから、コンビニでアイスクリームを買って食べた」 サンタさんは今度は凄く考え込んでいたが頭をブルブルっと振ると『俺には関係ない』と小さく独り言を呟いて玄関へ行くと 「サンタさんは早紀ちゃんのプレゼントを忘れたから取りに帰るね」 と言って玄関のドアを開けた。早紀ちゃんはサンタさんに 「待ってるね」 と言った。サンタさんは振り向かず左手を上げた。 それからサンタさんもママも帰ってこなかった。ママが置いていってくれた千円札はみんな小銭になってしまって、銀色とか、茶色とか、穴の開いたのとかいろいろあったからどれを出したら欲しい物が貰えるか分からなかった。だから、お店の人に 「一人なの?お母さんは?」 って聞かれたりした。そんな時早紀ちゃんはニッコリ笑って 「ママはお仕事に行ってるから、早紀はお留守番。頑張るの」 と答えた。お店の人は 「偉いね」 と褒めてくれた。 だんだん小銭も無くなって、前に買ったクッキーを少しずつ食べていたけど、それも無くなってしまった。それでも、お腹が空いたから、水道のお水をいっぱい飲んだ。そのうち、体がダルくなってきて毎日ソファーでボンヤリテレビを見ていた。何だか眠くて眠くて仕方なくて、バンダちゃんをギュッと抱きしめて、ずっとソファーで横になっていた。今が夜なのか昼なのか分からなくなって、自分が寝ているのか起きているのかも分からなくなってきた。 机の上には通信簿とお手紙が置かれたままだ。いつママが帰ってきてもすぐに分かるようにと早紀ちゃんは思っていた。 ウトウトしていると、温かい大きな手でほっぺをペタペタされた。うっすらと目を開けると月の光に照らされたサンタさんが心配そうに早紀ちゃんの顔を覗き込んでいた。 「大丈夫か?」 どうやら、今は夜中らしい。サンタさんはメロンパンとミルクをくれた。早紀ちゃんは何も言わず夢中で食べた。あっという間に食べ終わると、お腹が少しシクシクと痛んだ。 「やっぱり、まだママは帰ってきてないんだな」 サンタさんはため息をついた。 「お前、一緒に来るか?」 早紀ちゃんは『オーストラリアに?』と聞こうとしたけど、ずっと誰とも話してなくて、声がうまく出なかったから、コクリと頷いた。サンタさんは前より軽くなった早紀ちゃんの体をひょいと持ち上げると 「パンダ持って行くか?」 と聞いた。早紀ちゃんは首を左右に振って掠れた声で言った。 「それは縫いぐるみだから」 それから早紀ちゃんはバイクに乗せられて「ピノキオの家」と言う名前の施設へ着いた。サンタさんが子供の頃住んでいたところらしい。 「俺は泥棒から足を洗う、だからお前も頑張れ。ここの人は本当の事しか言わないけど皆優しいから」 そう言うとバイクで走り去った。早紀ちゃんは大きな木製の扉をノックした。
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