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Act 1 ① Wake up!
ニューヨークの中心地 マンハッタン。
例のごとくミッドタウン7番街にあるアパートの一室では、とある攻防戦が繰り広げられていた。
「ん====っ アレックス、いい加減起きて! 起きろ! もうっ午後3時だよっwww」
左側の髪を小さく三つ編みにしてグリーングレイのワンピースを着た女性がシーツにくるまって安眠を貪っているアレックスを揺り動かした。
「うっせーなー💢」
ものすごい低音の声でやっと文句が聞こえた。
寝返りを打つと彼の長い金髪が絡まりながら床に流れ落ちた。
その髪を左手で引っ張りつつ、右手はシーツをつかみ何とかして引きはがそうと必死だ。
「うっせーな じゃないの!今日はお洗濯の日。だ・か・らっ!」
「わっっ」
意識が現実に戻ったアレックスは「しまった」という顔をで目を開けた。
「よせ、ローナッ」
時、既に遅く。
彼女は見事にシーツを奪い取った。
その反動で彼はベッドから転がり落ちてしまっていた。
どうやら目だけは覚めたようである。
勝ち誇ったようにシーツを抱えた彼女の顔が急にこわばった。
ある一点を見てしまった。
「!」
「・・・・」
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~」
顔を真っ赤にして、シーツに顔を埋めたまま、全速力でバスルームへと走り去った。
「だから、最初からやめろっていったのによ…」
「なんて格好で寝てんのよ!」
「どんな格好で寝ようと俺の勝手だろ!?」
大きな背伸びをひとつすると一糸まとわぬ姿のままベッドサイドに座り直した。
テーブルに置いてあるタバコとライターに無意識で手が伸びた。
「うあ===」
アレックスにタバコを取り出すことなく、伸ばした手を引っ込めた。
しかし,再び右手が灰皿へと伸び、何も持たずに人差し指が淵でトントンと動いている。
見るからに禁断症状っぽい。
「だから無理だって言ってるのに~」
バスルームからいくらか復活した彼女の声が聞こえた。
アレックスは寝癖のついた髪を手グシで直し始めた。
「あのなぁ、おまえローナがそう仕向けたんだろうが」
「禁煙を始めてから2日と19時間47分しか経ってないのよ」
「俺はあれLucky Strikeがないと生きていけねぇんだよ。あぁ,目覚めの一服がwww」
さすがにいつまでもこの格好ではいられないと思ったか、シャツやアンダーウェアに着替え始めた。
それが終わるころ彼女が再び彼のモトへやって来た。
手には何か小さな箱を持っていた。
「泣くな ほ~れほれ」
見慣れたLucky Strikeが目の前にあった。
勝ち誇ったようにローナが微笑んでいた。
禁煙を言い出したのは彼自身なので、何もいいわけはできなかった。
見ないようにしながらも、視線は張り付いたままだ。
「…そんなに俺をいぢめて楽しいか?」
偏頭痛を模様しそうだと、思いながら額に手をやった。
「えーっ!? いぢめてなんかいないよ」
きっぱりと満面の微笑みで答えた。
この微笑み=いぢめていることに他ならない。
「そういうのをいぢめるっていうんだよっ」
「だってぇ、20本吸う人は10本吸う人より、癌とか内臓障害の危険性が倍以上あるんですって」
人差し指を目の前で立てて、念を押すように言った。
「どっからそんなこと引っ張り出してきたんだ?」
「え!?」
一瞬ドキッとして、言葉が止まった。
彼女の情報ソースは限られている。
それを知っていての質問だった。
「アルフに聞いたの」
「ったく。あの野郎、妙なことばかり吹き込みやがって。」
ブツブツ文句を言うさまは本当に不満げである。
アルフレッドの名前が出た途端に、アレックスの不機嫌の度合いが増長した。
「ローナもローナだぜ、んなこと信じやがって」
そう言ってからも小声の文句は続いていた。
「え、なに?」
「なんでもねぇよ。そんなヤワな鍛え方はしてないって言ったんだ」
「じゃ、持久走してみようか? 私と?」
できないことを知っていて、にっこり微笑んだ。
「💧」
さすがのアレックスも口をつぐんだ。
ここが喫煙者の悲しいところである。
「あ、そうだ」
彼女がベッドから離れていった。
持っていたタバコはテーブルの灰皿の側に置いた。
人差し指を頬にあてながら、何かを思い出したようだ。
「私、買い物に行ってくるね。冷蔵庫に何もなくなっちゃったから。アレックスって物を食べてないようでいて食べているのよね。」
「俺は妖怪二口女か!?」
洋服を着終え、最後にネクタイをグイッと上まで一度締め、それから指で押し下げた。
第一ボタンを外したシャツにネクタイがぶら下がっている。
そんな印象だ。
「そうは言わないけど。夜な夜な起きだしてウイスキー飲んでるくせにwww」
「仕事だからな」
べっ…と舌を出した。
彼女はバッグを持ってドアに向かった。
「行ってくるね☆ 何かリクエストはある?」
アレックスは立ち上がって本を一冊手にするとまたベッドに横になった。
「Lucky Strikeを頼む」
彼は開いた本を顔に載せて、ふて寝を決め込んだ。
「ばか」
困った顔で笑いながらローナは出て行った。
アレックスは締め切りが明日に迫った仕事をする気にもなれず、両手を頭の後ろに組みながら考えにふけっていた。
「早い…もんだな…」
その言葉が一体何を意味するのかわからなかった。
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