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Act 1 ④ Good night.
闇の中にぽっと光るライターの光。
それに照らされたアレックスの顔が浮かぶ。
煙草をくわえ、両手でライターの炎を覆いながら火を移していた。
パチンッと蓋を閉める音と同時に、あたりは闇に戻ってしまた。
真っ暗な中に小さな赤い点のように煙草の火が浮いていた。
彼はそのままアパートの壁に寄りかかり、何度か大きく煙草を吸い込んだ。
暗くてわからないが、明るければきっとあたりは煙で真っ白なのだろう。
いつになく静かな外通りに意識を向けながら、アレックスはひとり紫煙の中にいた。
コツコツと遠くから足音が近づいてきた。
パンプスのヒールが作る音だ。
アレックスは動かず、うつむき加減な顔に煙草をくわえたまま腕を組んでいた。
足音が彼の前で止まった。
「遅いっっ!」
超低音の声が、闇の中に短く響いた。
「あ”―っっ、アレックス、煙草吸ってる!? 3日と3時間23分!」
叫んだ声の主はローナだった。
紙袋を抱えたまま、左手の腕時計を見て言った。
「何が煙草吸ってるだよ! さんざん心配させやがって。今、何時だと思ってんだっ」
「10:21pm」
きょとんとした顔で彼女が言った。
こんなに大声を出すアレックスがわからなかった。
「EnglandじゃねぇんだからNYはこんな時間に独りで出歩くもんじゃない。危なっかしぃったらありゃしねぇ」
まるで小さい子供を諭す親のようだ。
彼が自分のことを本気で心配してくれたんだということがわかってきた。
彼女のおちゃらけていた雰囲気がなくなっていった。
「ごめんなさい…」
「………」
その言葉を聞いて、組んでいた腕を解き彼女に近づいてきた。
「さてっと…」
彼は彼女が持っていた紙袋を持ってやった。
両手がフリーになると不思議そうに彼を見た。
「ずっと待ってたの?」
「ん?」
「ここで?」
「ああ。つい1時間くらい前からな。外で休憩ついでに。」
くわえ煙草のまま、さも何もなかったように平然と言ってみたが、ローナは何か違和感のようなものを感じた。
「無事に帰ってきたんならいいさ。だが、」
「?」
「俺は非常ーにっ!腹が減っている!暴れるぜ!」
「はーい。気合いを入れて作らせていただきます。」
「もちろんワインもつけてさ…」
にっこり笑って彼女を見ていた。
その勝ち誇ったような笑顔がローナの癇に障った。
「またぁ、お酒ばかり。お酒と煙草とコーヒー…。結局もとの悪循環じゃない。いい?ワインの方がウィスキーよりも鉄分が多いから肝硬変になりやすいんですって!」
「うるせぇ~よ。俺は好きなこと我慢してまで生き延びようとは思わねぇ」
「ん、もう」
そんな言い合いをしながら、二人は部屋に向かって歩き始めた。
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