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Act 2 ① Apron
NY。マンハッタン。
ある日の夕方。
トントントントン……
規則正しくゆっくりめで一定のリズムがキッチンに聞こえる。
包丁が物を刻む音。
火のついていない煙草をくわえながら、アレックスは真剣な面持ちで野菜と格闘していた。
(こんなことするなら銃を使って、20m先の直径1cmの的を狙ってた方が簡単だ!)
と、ローナに聞こえないように心の中で叫びながらである。
顔に野菜の破片をつけながら、リビングのソファに座っているローナに声をかけた。
「切ったぞぉ~。で、次にどうするって?」
「わぁ~っうまい! ぱちぱちっ!うまい! すごいすごいっうまい!」
「すごいすごいっ…じゃね!ちっ(怒」
「だってぇ、そういう姿、わたし初めて見るんだもんっ」
クッションを抱きしめながら、笑いが止まらないようだ。
「あのな~。俺だって、おまえがここに居座るまでは一人暮らしだったんだから、料理のひとつやふたつするなんざ、なんて事ないわけよっ」
包丁を握りしめて力説しているが、まな板の周りに飛び散った野菜の惨状を考えると土台無理な話である。
「うれしいんだから、うふふふ」
顔を真っ赤にして、くすくすと笑いながらローナが言った。
彼は改めて自分の格好を見直した。
「そんなに俺のエプロン姿が面白いか?」
「うん!かわいい!」
「か…わ…」
彼女がいつも愛用しているピンク色のフリルのレース付きエプロンである。
服が汚れるからと無理矢理、彼に着せたのだ。
いくら身長が高いとはいえ、長い金髪も後ろでひとつに結び、細身の身体にレースのエプロンでは後ろ姿はまったく女性に見えかねない。
「あ、アレックス。お鍋、ふいちゃってるよ。野菜入れて。コショウも一振り…」
ローナはソファを立たずに、言葉だけで指示を出していた。
いつもなら見るも忙しそうに動き回っているのであるが。
いつもの二人の立場が逆転していた。
「へいへい」
仰せのままにとでも言いたげにカッティングボードをひょいと持ち上げた。
野菜を入れ終わると、彼はふいにくわえていた煙草をそばの灰皿に置いた。
火をつけてもいないのに、くわえているのは無意味だとようやく気がついたようだ。
「しかし、何だってそんなになったんだ?」
「え?」
胸ポケットから新しい煙草を取り出してくわえるとジッポライターで火をつけた。
深く吸い込み、指で煙草をつまむと換気扇に向かって煙を吐いた。
瞬く間に、紫煙は吸い込まれた。
「しかもそんな場所?」
再びくわえなおし、後ろを向いたまま何気なくたずねてみた。
ローナは右手首に巻かれた包帯を反対の手で隠しながら、ちょっと頬を赤くした。
それを見れば、だいたいの事情は察することはできるのだが、あえて意地悪をして聞いてみたのだ。
「あのね。だからねっっ…」
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