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葬儀は近距離にあった葬儀会館で執り行った。どこからどう話が伝わっていたのか、妻が亡くなった日の夜には葬儀社の社員がやって来て、様々な段取りをつけてくれた。
葬儀なんて、人生のうちにそう何度もあげるものではない。幼い頃に両親ともに亡くした俺だが、それもなにせ幼い頃だったから自分で葬儀を出した経験なんてない。
今回だって、向こうが提示してくるプランやら香典返しやら精進上げについて、言われるがまま頷いているうちに、通夜も葬儀も終わっていた。
単身赴任先から慌てて戻り、病院に行った後はほとんど葬儀会館に詰めていた。皮肉なことに、喪服なども単身赴任先に持って行っていたため、家に必要なものを取りに行く必要もなかった。妻がこさえてくれた荷物がこんな時に役立つとは、なんという皮肉だろうか。
本当に、あれよあれよという間に、流されるように葬儀まで終ってしまった。
葬儀の間は悲しむ暇がないと言う人もいるが、俺の場合は、何だかよく分からなかった。いや、今でもわからない。
妻が……あの明るい妻が死んだとは、どういうことなんだろうか。
両手に荷物を山のように抱えて、俺は真っ暗な我が家の前に立った。そういえば、こんな我が家を見るのは初めてかもしれない。いつも帰り着いたらどこかしらに明かりが灯っていたのだ。
”火が消えたような”とは、よく言ったものだ。
その言葉通り、屋内は暗くて温かみをまるで感じない。これからは、自分で灯りをつけないといけないのだ。
自分の家だというのに、どこか不気味さすら感じてしまう。
何かモーター音のようなものまで聞こえる。早く明かりをつけよう。そう思い、もう少し壁をまさぐってみると、何かの凹凸に出くわした。
「これか」
独り言とともにその凹凸を押すと、カチッという音と共に、玄関が光で満たされた。急激な眩さに目を眩ませるものの、ほんの一瞬のことだった。
目を開けると、しんと静まり返った我が家がそこにあるだけだった。廊下の奥は暗いまま。2階も暗いまま。玄関のすぐ傍の居間も暗いまま。行く先は、虚しいばかりだった。
それでも、ほんの一瞬期待してしまった。いつものように声をかければ、いつものように返ってくるのではないかと。
「ただいま」
だから、そう言ってしまった。余計に虚しくなることはわかっていたはずなのに。
『おかえりなさい』
そうだ。いつもなら、こう聞こえてくるんだ。どんなに遅くなったとしても必ず――
「……うん?」
靴を脱ぎかけた姿勢のまま、辺りを見回す。ほんの少し先は暗い、静まり返った我が家……のはずだ。なのにどうしたことか。俺の気のせいだろうか。
今、声が聞こえた気がする。
いつも俺を出迎えてくれたあの声が。
『おかえりなさい、今日もご苦労様』
「!?」
空耳じゃない。今、確かに聞こえた。妻の声が、聞えたのだ。
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