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突然のこと
「妻は、よくできた女性でした」
妻の遺影を握りしめる手に、力が籠る。
声が震えないように、必死に食いしばった。
「家のことを何でも器用にこなし、明るく人付き合いもできて、勤め先でも必要とされていた……本当にありがたい。彼女と暮らせたこと、感謝しか、ありません」
弔問客が涙を浮かべて頷くのが見えた。見覚えがある。近所の奥さんたちだ。他には妻が昔勤めていた会社の元上司・同僚。
その様子が、俺の口にした言葉が大げさでも何でもないと証明していた。
妻はみんなに好かれていた。みんなに必要とされていた。
「妻は、本当に……」
素晴らしい女性だった、と改めて思った。こうして彼女を知る人の表情を見て、葬儀の段取りを話し合う中で彼女の話を求められ、葬儀のために必要なものを色々と探しているうちに、嫌でも思い知らされた。自分がどれほど彼女を必要としていたか。
その先の言葉を、涙をこらえて言えそうになかった。だから予定とは違うことを話した。
27歳で結婚し、子供は出来なかったが二人で仲良く過ごしてきたこと。50歳を過ぎた今でも、妻は楽しいことや新しいことに夢中になっていたこと。昔からプログラミングやロボットを動かすことが夢で、主婦になった後もよく小さな仕掛けを作っては動かし、家の中にちょっとした工場のような空間を作ってしまう時もあったこと。いつもいつも、楽しそうだったこと。
妻と違って俺は口下手で人付き合いも得意じゃない。なのに大勢の前でこんなにもスラスラと語れるのは、きっと語っている内容が妻のことだからだろう。彼女のことならば、話題が尽きない。きっとここにいる弔問客だって、そうなのだ。
こんなにも愛されていたというのに、何故、死んだ?
妻は、まるで神に呼び寄せられたかのように、突然この世を去った。
『じゃあ、行ってくる』
『いってらっしゃい』
それが、直接声を交わした、最後の会話だった。
仕事柄、家を空けることが多かった。
結婚当初から長期出張も頻繁で、半年や1年、会わないようなこともあった。それでも、家に帰ると、いつも必ず笑顔で出迎えてくれた。
長い期間ほったらかしにした恨み言など少しも顔に出さず、俺なんかの土産話を喜んで聞いていた。大して面白い話もできなかったというのに。
そんな生活が25年以上続いて、今では単身赴任扱いになって、年単位で家を離れていた。55歳の今になり、今までで最も大きなプロジェクトに関わることになり、2年は帰れないと言われていた。そのことを告げると、妻は必要としてくれる現場があるなんて素晴らしいこと、と言ってくれた。
妻がそう言って満面の笑みで送り出してくれたのが、もう1年前ものこと。プロジェクト以外の細々とした仕事まで降りかかり、休みなど取れずに過ごしてきた。
さすがに次の長期休暇期間には一度戻ろうと考えていた矢先、知らない番号から電話がかかってきた。そして、電話の主は告げた。
妻が亡くなった、と――。
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