Chapter.29

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Chapter.29

 十数分の作業を経て、箱詰めが終わった。家具はほとんどスチールラックだったので、一旦バラして運ぶことにした。 「バラすのは俺らでやるよ」 「ありがとう」  そのほうが作業時間の短縮になるだろうと、任せることにする。 「これは、あとで手で持っていくから……」  キッチンにぽつんと置かれた花瓶を指して、ひぃなが言った。 「うん。了解」  攷斗が嬉しそうに目尻を下げるのを見てしまって、ひぃなは照れくさくて、荷物を気に掛けるふりをして目線を逸らした。 「あと運び出すから、ひなはトラックで駐禁とられないように番しててもらっていいかな。積み終わったら俺の車でうちまで行こう」 「うん、ありがとう」  じゃあ行くね、とキーケースとスマホを持ってひぃながマンションを出る。  攷斗に聞いた場所に、一台のトラックが停まっていた。腕を伸ばして助手席側のガラス窓をノックする。  それに気付いた茶髪の男性が車外を見て、あ、という顔になり、ドアを開けるという意思表示をして見せたのでひぃなはドアに当たらない位置まで避けた。  助手席から梯子を下りるようにして道路へ立つと、 「初めまして。棚井さんの後輩の外間(ソトマ)です」  笑顔で挨拶をする。  返答しようとひぃなが口を開いたところで、 「はじめましてっ! 桐谷(キリヤ)ですっ!」  運転席側から降りてきたガタイの良い男性がトラックの影から勢いよく現れた。二人共イントネーションが関西のそれだ。 「はっ、初めまして」思わず詰まって挨拶を返す。「棚井の妻です。お世話になります」 「お世話になりますっ!」 「お前おくさんビビってるやん、やめとけよ。すみません」  外間が申し訳なさそうに会釈した。 「すみません、棚井さんには色々とお世話になってまして、嬉しさのあまり」  桐谷が人好きしそうな笑顔で謝罪する。 「いえいえ、こちらこそすみません」 「じゃあおくさん、お手数ですが、少しの間だけお願いします」  外間が笑顔でドアの前を開けた。 「はい」 「高いですけど乗れます?」  どう乗り込もうかと考えるひぃなに、桐谷が声をかける。 「そこをつかんでハシゴみたいに登るんですけど……」  特殊な乗り方のレクチャーを受けて、なんとか乗り込んだ。 「一人で乗り降りするの危ないんで、誰か来るまで乗っててくださいね」  桐谷が子供に言い聞かせるように言う。 「はい」 「なにかあったら旦那さんにご連絡ください。すぐ誰かしら来れるようにしておきます」  今度は外間だ。 「ありがとうございます、お願いします」  お辞儀をして、二人を見送る。車内に残されたひぃなは、いつもより高い目線から周囲の街並みを眺めていた。  三度の賃貸契約更新をしているから延べ六年、住み慣れた街から離れることになった。しかしまさかその理由が攷斗との結婚になるとは思ってもみなかった。  この街に移り住んだのは、以前交際をしていた男性との別れがきっかけだった。
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