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Chapter.6
居酒屋を出て、会社へ行く途中で大手チェーンのコンビニに寄る。
「俺、住民票とってくわ」
「はーい」
出入口付近のコピー機を操作して本籍地入りの住民票を印刷する攷斗から離れ、ひぃなは窓際に設置されたブックラックを眺めて目的の雑誌を探す。
(あった)
上部に大きく誌名が書かれ、ウエディングドレスに身を包んだ女性のモデルが表紙を飾る。その雑誌に向かって伸びた手がピタリと止まった。
“各種手続きに必要なチェックリスト”や“祝い金をもらうには何をどこに申請すればいいか”、“結婚式にかかる費用や期間、開催までにやらなければならないことのチェックリスト”が掲載され、【彼】に読ませる小冊子が添付されている。と表紙の見出しが教えてくれる。今月号の付録はなんと、“有名テーマパークに棲む動物たちのイラストがプリントされた鍋つかみ”だそうです。
「どしたの、固まっちゃって」
住民票を取得し終えた攷斗がひぃなの隣に立った。
「いや……いままで手に取ったことなかったから、気が引けて……」
「なんだそりゃ」
攷斗が笑ってラックに手を伸ばす。
「えっ、重…」
「カラーグラビアばっかの本は重たいんだよ」
空中で止まっていた手をそっと戻して、さしてお役立ちでもない情報をひけらかしてみる。
「いや、そりゃ知ってるけど……」
職業柄、二人ともファッション誌を読み慣れているが、それにしても重いものは重い。
「あとなんかいる?」
「んーん。大丈夫」
ひぃなの回答を聞いて、攷斗が雑誌をレジに持っていく。
会計を待つひぃなの内心は、気恥ずかしさでいっぱいだ。
――なにがどうしてこうなった。
そんな言葉が浮かんでは消えを繰り返す。
「はい、お待たせ。次ドンキね」
攷斗が自分のバッグに雑誌を入れ、歩き出した。
「重いでしょ? 持つよ」
「重いから持ってんの。だいじょぶだよ」
本当のカップルだったらここで手でも繋いで歩くことだろう。けど、攷斗とひぃなは“偽装カップル”だ。
いつものように、少し離れて並んで歩く。
「あった」
大きな国道沿いに目立つ看板を見つけた攷斗が小さく言った。店頭付近にある大きな機械前で操作方法を確認して、作業に移る。
まずは【湖池】印。安いのでいいやと攷斗が言って、プラスチックの印材を選択する。
ひぃなも攷斗もこういう“少し変わった機械”が好きだ。キラキラと目を輝かせ、完了までの段取りを眺めながら楽しんでいる。
彫り終わりを待つ間、「ひなはどれがいいの?」とディスプレイされた印材を眺めながら攷斗が問う。
「私も安いのでいいよ。この色がいいかな」
とディスプレイを指さし、財布を出そうとしたところを攷斗に止められた。
攷斗はいつも何も言わず、ひぃなの支払いを断る。
「ありがとう……」
そしていつも少し申し訳なさそうにひぃなが礼を言う。
「いい加減受け入れてよ。ひな今日誕生日なんだし、これから夫婦になるんだし」
言いながら操作を進めていく攷斗。
「うん…」
「時森のやつはそれね。棚井のはいいやつにするか」
と、合計三個のハンコを作成した。出来あがった判子を「持ってて」とひぃなに渡す。
「ん」
ひぃなはそれを受け取って、バッグの中のポーチに入れた。
飲食店からひぃなの会社までは徒歩15分程度だ。買い物をしても約束の時間まで余裕で到着する。
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