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Chapter.8
「……すげぇテンション」
(そりゃそうでしょ……)
社長――堀河沙江子とひぃなは高校生のとき同じクラスになってから、かれこれ二十数年来の付き合いだ。日常のどうでもいい話や仕事のこと、そして将来設計のことももちろん話している。その中でまったく話題にあがることのなかった“攷斗との結婚”は、まさに青天の霹靂だろう。
「じゃあ……書こうか」
「うん」
二人並んで椅子に座る。
攷斗が雑誌を広げ、丁寧に付録の婚姻届を取り外して机上に広げた。
ピンク色で印刷されたその書類を、ひぃながペンも持たずマジマジと見つめている。
攷斗はその顔を覗き込んで、
「……やっぱり、やめる…?」
静かに問いかけた。
その表情が思いのほか寂しそうで。
「ううん? やめないよ?」
子供をなだめるような口調で答え、微笑みながら攷斗を見つめた。
「こっち側書くの初めてで心配だから、良く確認してから書こうと思って」
事務業の性はいつでも付きまとう。
「そっか…そうだね。俺も心配だから、書き方教えて?」
内容とは裏腹に、表情が安心に満ちた。
「うん。……なんか懐かしいね」
攷斗が入社した当時のことを思い出して、ひぃなが笑う。
「ん?」
「棚井にそういうの聞かれるの、めっちゃ久々」
「ここ入りたてのときはなんもわかんなかったから」
「あの頃はタメ口じゃなかったのにねぇ」
「そりゃそうでしょ。先輩だし年上だし、敬語も使うわ」
それが退職を機に“これからは先輩後輩じゃないから”という急な宣言と共に、攷斗はひぃなに敬語を使わなくなった。名前を省略して呼び捨てにし始めたのと同じタイミングだ。
攷斗にならそうされても嫌じゃなかったので、その提案をそのまま受け入れて早五年。いまではどちらもすっかり馴染んでいる。
人懐っこい性格と、少年のように可愛らしくそれでいて整った顔立ちはとても人受けが良い。業務の飲み込みも速いうえに気が利くという何拍子もそろった後輩が、可愛くないはずがない。
その“可愛い後輩”が、書類上で“夫”になろうとしている。
ひぃながバッグに入っている愛用のボールペンを取り出して持つと、手のひらにジワリと汗が滲んでいる。知らぬうちに緊張していたようだ。
「ちょっと」気持ちをほぐすために立ち上がって「住民票、持ってくるね」攷斗に宣言した。
「うん」
ひぃなはバッグから仕事用のキーケースを取り出し、オフィスの一角にある鍵付きのロッカー前へ移動した。開錠して、【従業者名簿:事務部門】と書かれたファイルを取り出す。ファイリングされたクリアポケットの中から自分の従業者名簿のページを開いて、片側に入れられた住民票を取り出した。ファイルをロッカーに戻して施錠する。
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