星が降ってきた夜

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 彼女は微かな音でも聞き漏らすまいと耳をぴくぴくと動かし、そして周囲に動くものの気配が無いことを確認すると、音をたてないよう気をつけながら巣穴を出た。  出た後はすぐに、その場を離れる。あまり巣穴の近くに留まっていると、万が一天敵に見つかってしまった際、子供達の居場所までバレてしまう危険性があるためだ。  静かな夜だった。  しかし一見すると無音のように思える夜でも、耳をそばだてれば、枯葉の下からカサカサという音が聞こえてくる。  彼女はすかさず、音の出所へ向けて飛びかかる。次の瞬間には、前足で一匹のコオロギをしっかりと押さえ込んでいた。  捕えたコオロギを口にくわえ、巣穴へと駆け戻る。たちまち子供達の間でコオロギの奪い合いが起こった。  たいていの場合、もっとも体の大きい一匹が他の兄弟を押しのけて真っ先に餌を手に入れ、そしてそれにより、ますます大きく育つ。逆に一番小さい一匹は、なかなか餌にありつくことができず、いつも腹を空かせている。  兄弟間に公平性は無いが、母親たる彼女はそれに干渉したりはしなかった。彼女達の生きる世界は厳しい。身内を押しのけてでも獲物を手に入れられるほどのたくましさが無ければ、どのみち生き残ることは難しいのだ。  一匹でも多くの子供を生き残らせるために彼女がすべきことは、兄弟間での餌の奪い合いに干渉することよりも、より多くの子供達が満腹になるまで食べられるよう、より多くの獲物をとってくることだった。  再び巣穴から離れた彼女は、先ほどと同様に耳をそばだてる。  今度は、なかなか獲物の気配が掴めない。場所を変えようとした時、かさり、と背後で微かな音が鳴った。  彼女は勢いよく地を蹴って跳んだ。ただし今回は、音源から遠ざかる方へ、である。  間一髪だった。つい先刻まで彼女がいた、まさにその場所に、鋭い鉤爪のついた足が振り下ろされたのだ。  彼女は懸命に走った。背後を振り返らなくとも、敵が振り切られることなく追いかけてきていることは、その足音で分かる。  具合の悪いことに、前方では森が途切れ、開けた平原となっていた。これでは、茂みに飛び込んで相手を撒くこともできない。  なお悪いことに、持久力で言えば、彼女よりも敵の方が上だった。走り続けた疲労に伴う彼女の速度の鈍りを、敵は見逃さなかった。気がついた時には、彼女はつい先ほど自分が獲物のコオロギに対してそうしていたように、地に押さえつけられていた。  今までさんざん他の命を喰らって生きてきたのだ、逆に自分が喰われる番が来ても仕方がない――彼女が人間であったなら、あるいはそんな風に考えたのかもしれない。しかし野生の世界に生きる彼女に、そのような発想は無い。彼女の頭にあるのはただ、足掻きに足掻いて生き延びることだけだった。  彼女は自分を押さえ込んでいる敵の足に噛みつこうと、体を捻って振り返る。  その時、星空が目に入った。  彼女には、星空に見蕩れる感性など無い。しかしこの時だけは、その目は空に釘付けになった。  星の一つが尾を引きながら、地上へ向けて降ってきていたからだ。  星はぐんぐん近づいてくる。その周囲を覆う炎は、夜とは思えないほどにあたりを明るく照らした。今しも彼女に喰らいつこうと顔を下に向けていた敵も、さすがに異変に気づき、長い首を曲げて空の方へと振り返る。  もはや巨大な炎の塊にしか見えないそれに怯えたのか、敵は一声鳴くと彼女から足を放して逃げ出した。  星が夜空を横切っていってから少し後、激しい地響きと衝撃波が彼女を襲った。どこか離れたところで、星が地表へと衝突したのである。その衝撃波は、彼女の小さく軽い身体を簡単に吹き飛ばした。  彼女の意識は、そこで途絶えた。
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