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かつての森を抜けた時、チィチィと鳴きながら駆け寄ってくるものがあった。
彼女に人間のような感情と表情があったなら、驚きに目を見張り、そして喜びで涙を流したことだろう。
それは、唯一死骸が見つからなかった、あの一番小さい子供だった。
いつも兄弟達に餌を奪われ腹を空かせていたこの子供は、空腹に耐えかね、自ら餌を探しに巣穴を離れていたのかもしれない。
彼女とその子供は互いに鼻先を押し付け合って臭いを嗅ぎ、相手が自分の家族であることを確認した。
そしてそれが済むと、連れだって歩き出した。新たな住処を求めて。
いつの間にか、雨は雪に変わっていた。
もう夜は明けても良いはずなのに、いっこうに日が昇る気配は無い。
日の差さない時間は、それからも延々と続いた。気温もぐんぐん下がり、体が小さいため体温が逃げやすい彼女とその子供は、移動中もできるだけ身を寄せ合うようにした。
荒野をさまよい歩くうちに、二匹は巨大な死骸に行き当たった。それは、少し前まで昼の世界を支配していた、真の強者の成れの果てだった。
その骨にはまだ肉がこびりついており、元の死骸が大きいだけに、当面はそれを食べて飢えを凌げそうだった。しかしそれも、いつまで続けられるかは分からない。彼女達よりも体の大きい肉食動物が死骸目当てにやってきたら、ここを逃げ出すしかないからだ。
日光の欠乏と寒さにより、実のなる植物は枯れ、昆虫達も姿を見せなくなっている。この死骸の傍を離れることになれば、もう二度と食糧が見つからない可能性もあった。
過去に経験の無い寒さは、彼女とその子供からも、容赦無く体力を奪っていく。
彼女は、空を見上げた。星が降ってきたあの夜以後、空を警戒する癖がついたのだ。
真っ暗な空には、日光どころか月や星の光すら見当たらない。
明るい未来など、想像できそうになかった。
しかし野生の世界に生きる彼女は、絶望から無気力になったりなどしない。
彼女の頭にあるのはただ、足掻きに足掻いて生き延び、そして我が子も生き延びさせること。
それだけだった。
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