エンディングノート

ー皆を笑顔に出来ますようにー

ガラガラと控えめに音を立ててドアをスライドさせる

「こんにちは」

「あなたは？」

小柄な彼女は不思議そうに僕を見つめる

初対面でも壁を感じさせない彼女は、とても気さくで人の寄る素敵な人なんだろう

僕は彼女のことをずっと前から知っていたから、初めてあった気がしなかった

「君のファン。ところで今日は何の日か知ってる？」

「もちろん。今日は七夕」

彼女は窓外に視線を移し、まだ夕暮れのオレンジを眺めてニコリと笑った。

その真っ白な笑顔がオレンジの夕焼けに照らされて儚くて素敵だった。

「だから、逢いに来た」

「へ？」

彼女は僕の目に視線を移すと、首を左側にこくりとかしげる。

「僕が彦星で、君が織姫…なんてどうかな」

「ふふ。面白いこと言うね」

ふわふわ消えてしまいそうな、儚い笑顔

けれど夢と希望を持った力強い瞳を宿していた。

君を守りたいと思った

そばにいたいと

力になりたいと

「ずっと、会いたかった」

これは、君が招いた年に一夜の物語とでも呼ぼうか。

僕はそれを語り継ぎたいんだ。

・・・

僕はメイクアップアーティストを目ざしていた

専門学校に通って

バイトして

平々凡々な毎日を過ごしていた。

なかなか実りそうにない努力も

投げ出したくなって

人をメイクで輝かせることが好きなのに

好きなことが苦しくて

息が詰まる時があってしんどくて

何度も辞めたいと思った。

そんな時、本当に偶然見つけた

ある少女の闘病記という名のブログ。

覗いてみれば、病室と思われる白い空間、白いベッドの上でにこりと微笑みピースを向ける少女の写真が目に飛び込んできた。

繋がれた管

細い手首

僕は素直に彼女を可愛いと思った。

彼女はアイドルを目指していた。

けれど突如発症した原因不明の病気により、入院生活を強いられ、思うように体を動かせなくなってしまった。

宣告は悲痛なもので、再びファンの前で踊ることは叶わないらしい。

歌って踊るアイドルが

歌いも、踊れもしない

絶望の縁に立たされた彼女は、それでも諦めていなかった。

まだ、ステージに立つことを夢見て

ただただ前だけを向いてた。

その姿は、ファンやこのブログと出会った人に勇気や力を与えたと思う。僕のように。

一私はご覧の通り元気ですー

一早くステージに立ちたいー

一ファンの皆さんに会いたいー

頑張るから応援してくださいと

ファンの誰よりも前向きに生きていた。

病気なんかに負けないでと

本気で応援したくなった。

彼女はなんという屈辱の中で生きているんだろう 考えても考えつかなくて

それでも前を向ける彼女が格好よくて愛おしくてたまらなくなった。

力を貰った

会いに行くことに決めた

僕の手で彼女をアイドルに仕上げたいと思った。

突然訪問しても良かったんだけど、不審に思われてしまうかもしれないから

なにか理由をとってつけたかった。

彼女の願いを、叶えたい

そう思ったから、七夕にでも彼女に会いに行くことにした。

我ながらクサいとも思うけれど。

彼女はブログの写真で見たよりも綺麗で、小さくて、儚かった。

そして写真で見た通り、アイドルの眼差しをしていた。

「僕は君の願いを叶えるから、君は僕の願いを叶えてくれないかな」

初対面にして、なんとも自己中心的なことを言って見せた。

仕方ない

年に一度の一日なのだ

加えて僕らの出会いは

おそらく最初で最後の日

「私の願いは、あなたじゃ叶えられないけどどうする？」

彼女は余裕を持った笑みで僕を見つめた

握手会でファンを虜にするような、惹き付ける魅力があってファンの気持ちが手に取るようにわかる。

「それは別にしよう。願いがひとつだけなんて決められていないよ。」

「なるほど」

彼女は顎に右手を当て、なにか考え込む仕草をとり足元を見つめていた。

「僕はメイクアップアーティストを目指してるんだ。君をお姫様に仕上げてもいいかな？」

「それは素敵！」

彼女は目をキラキラと輝かせ、喜んで頷いてくれた。

ガサゴソと化粧品を漁り出せば、彼女はゆっくりと目を瞑った。

真っ白な肌

のりのいいファンデーション

大きな瞳

薄い唇

特に僕が力を入れなくとも、十分可愛かった。

「できたよお姫様。鏡で見てみて」

「…可愛い！！アイドルみたい…！」

君は十分アイドルなのに なんて零しそうになる。

鏡で自身と向き合えば、彼女はとても嬉しそうに鏡を上下左右に動かしてにこにこしている。

「喜んでくれてよかった」

彼女の喜ぶ顔を見ることが出来て僕は大満足だった。

「その笑顔を見るために僕はここへ来たんだ」

「私の願いはもう叶えてもらったよ」

意思の固いキラキラとした目で、得意げに彼女は頷く

頭の上にはてなを3つ並べた僕に、黄色の短冊を見せてくれた。

―あなたの笑顔が見たい―

ああ、君はどこまでも周囲を大切にする人なんだな

思わず僕は彼女の小さな頭に手を伸ばす

柔らかな髪ざわりが手のひらを伝う

「私が死んだら、またメイクしてね」

切なそうな、嬉しそうな、複雑な笑顔だった。

「…約束する」

いつの間にか暗くなった室内が、夜を告げる

星々がちらつく夜空は病室からでも楽しめるほど美しかった。

「そろそろ、帰ろうかな」

独り言のように呟き、電気のリモコンに伸ばす手が彼女に引かれる。

ふわり、柔らかな花みたいな匂いに包まれた

ゼロ距離の彼女をそっと抱きしめる

「彦星様、会えて良かった」

きっと織姫と彦星もこうして想いを確かめ合うのだろう。

今宵は僕にとっての織姫を笑顔にできたならばそれだけで僕も満たされた。

それから数日後、彼女は天の川を渡った。

2度目にして最期の化粧を施し

きっと次の七夕はまた君に会えることを願うんだと思う。

彼女が金色の短冊に力強く記した願いをお守りにして持ち歩く

「私の願いは、あなたじゃ叶えられないけどどうする？｣

彼女の声が頭にこだました

―皆を笑顔に出来ますように―