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第一章 桜色の邂逅 前編
三ツ池公園の遊歩道には満開の桜が所狭しと並んでいる。
大学卒業の3日前。
拓也は交際相手の『平良 晴海』と並んで歩いていた。
晴海とは大学で同じ講義をよく受けており自然と仲良くなっていた。
やがて二人は当然のように交際をはじめ間もなく1年半を迎えようとしている。
大きな喧嘩もなく幸せな期間だったと言えるだろう。
「ちょうど満開で綺麗だね」
拓也は晴海に声をかける。
実はお互いにとって初めての交際相手であり最初の半年ほどはぎこちなかった。
デートともなると前夜には胸が高なり寝付けなかったこともあるほどだ。
だが流石に最近は自然体で接することができている。
それにしても、今日は久しぶりに少し肌寒いのもあってか晴海は淡い桃色のロングカーディガンを羽織っているがよく似合っている。
「そうだね、本当に綺麗……。あ、あの桜の傘の下で休まない?お腹空いたでしょ?」
そう言いながら晴海は垂れ桜の下に置かれているベンチを指差していた。
なるほど、桜の傘とはよくいったものだ。
公園デートのたびに晴海は弁当を作ってきてくれて一緒に食べるのが定番となっている。
「おー、いつもながら美味しそう! ミニハンバーグも入ってるし嬉しいよ」
満面の笑顔でそう言いながらさっそく一口食べる。
拓也にとってハンバーグは好物の1つであり、晴海もそれをわかっているので毎回入れてくれている。
しばし二人で食事と雑談を楽しんだ。
いつもならこのまま楽しい時間が過ぎていくだけだが今日はそうはいかない。
そろそろ本題に入ろうという空気になってきている。
少しの沈黙のあと、晴海が口を開いた。
「11月頃にした話、結論を出さなきゃと思って……」
やはりこの話だ。
心のどこかでは何となく日々が過ぎ去り何事もなくこの幸せが続けば・・・なんて甘い希望を持っていた。
その希望はこの瞬間、消えていった。
こうなると拓也には思っていたことを素直にぶつける他なかった。
「俺としては、やっぱり別れたくないのが正直なところかな。確かに卒業後、遠距離になってしまうけど」
実は昨年、お互いの進路が決まると同時に晴海からある提案をされていた。
大学卒業と同時に恋人からも卒業することを。
拓也は国内の大手企業『栗畑商事』への就職が決まり、晴海は翻訳家の夢を叶えるためにオーストラリアへの進学を決めていた。
遠距離といえど国内ならまだなんとかなるかも知れないが片や日本をベースに、片やオーストラリアでは今の二人では確かに難しいだろう。
「やっぱり……そう言うと思ってたよ」
晴海は複雑そうな表情をしている。
風が一度、二度、吹き抜けた。
晴海の前髪が揺れている。
望んでいたはずの二人の悠久はこの時、重くのしかかっていた。
時間を動かしたのは桜だった。
突然、少し離れた桜の方から音がした。
同時に、枝から離れた花が空を泳いでいた。
やがて、桜の木の下で何かが動いているのを見つけた。
なぜこの時この選択を、行動をしたのかわからない。
張りつめた空気から逃げたかったのか。
幸せの終わりから目を背けたかったからなのか。
好奇心なのか。
拓也は思わず立ち上がり動いている何かへ向かっていた。
「拓也?!」
晴海の静止を気にも止めず向かった拓也の目に意外なものが写り込んだ。
「鳥だ……ひどい怪我をした鳥がいる!」
「えっ!」
晴海も駆け寄ってくる。
"話"どころではなくなった。
「……本当、ひどい怪我」
鳥を一目見るなり晴海の顔が曇っていた。
実際は美しい羽であったのだろう。
しかし今は鮮やかな赤に染まってしまっている。
「と、とにかく病院へ連れていこう! 鳥を診てくれる病院を探すよ」
拓也がスマホを取り出し操作している間、晴海はお気に入りのハンカチが汚れることも厭わず血を拭き取っている。
「ダメ、全然止まりそうにない……」
その間、拓也は必死に探しているが近場の動物病院は休みか開いていても鳥は診られないところばかりだった。
「そこをなんとか! ……そんな、いくらなんでも見捨てるなんて出来ませんよ! ちょっ、もしもし? もしもし?! ……切られた」
鳥は一般的によく飼われる生き物だが実は診てくれる病院は犬や猫に比べ圧倒的に少ない。
現在、東京での動物病院の数は約1800ヶ所あるがそのうち鳥を診られるのは約300ヶ所と言われている。
ましてここは神奈川、そして週末。
これで見つけるのは難しいだろう。
刀折れ矢尽きたのか、二人は弱り果てた表情で鳥を見つめた。
まだ息はある、頑張っている。
なのに無力な自分を拓也は情けなく感じていた━━━
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