被害者遺族捜査権 第1部

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 シンクロニシティという言葉がある。  まったく接点のない二人の研究者が、ほぼ同じ時期に、同じアイデアを思いつく現象だ。  そこまで劇的ではないにせよ、暗合程度のことなら、凡人にだってある。  強盗殺人事件が解決して、久しぶりにひと息ついた七月の終わり。後輩の桜木と昼飯を食いに庁舎を出てラーメンをすすっていると、店のテレビでちょうど昼のワイドショーをやっていた。唐久保法務大臣のインタビューだった。  話題は被害者遺族捜査権。唐久保は記者の向けたマイクに、穏やかな微笑を湛えて語っていた。政界でも一、二を争うジェントルマン、唐久保らしいスマイルだ。 『昨年の施行以来、申請のなかった被害者遺族捜査権ですが、このほど初の申請がありました。警察庁と法務省の厳密な審査によりまして、その申請が受理されましたので、いよいよ遺族の方による捜査が実施されます』  記者たちがどよめいているが、俺たちにはまだ他人事だった。 「へえ、本気でやるやつ、いたんすね」と桜木が言い、 「まったく酔狂って言うか、素人に何が出来ると思ってんだか」と俺も笑っていた。 『遺族捜査権については、未だに反対意見も多いようですが』  記者の一人が質問している。 『民自党が強引に押し切って法律を成立させたものの、肝心の遺族からは反応がなかったじゃないですか』  答えがない内から別の記者が畳みかけてくる。 『確かに申請が一年近くありませんでした。ですが、いま申し上げた通り、このほど初の申請があったんです。やはりご遺族の方には、自らの手で被害者の無念を晴らしたいと思われる方もいらっしゃる訳で』 『それが問題じゃないんですか? 大臣が言われたように、無念を晴らしたい、という遺族の気持ちを法的に認めることは、復讐、仇討を認めることになり、江戸時代への逆行であると』 『もちろん、ご遺族が勝手に捜査できる訳ではありませんし、まして裁くことが出来る訳ではありません。現職の警察官が補佐として付き、法的にも問題ない範囲に限定された捜査権です。それでも、やはり被害者と生活を共にされているからこその発見や、何より事件を解決したいという思いの強さが必ずや捜査に新たな光を当て、真相の解明に寄与すると確信しております。そもそもこの新しい法律は、殺人等の重大事件の時効が撤廃されたことで、当然ですが未解決事件が山積することになったものの、それに対する具体的対応策を欠いていたことに問題があるということで、事件を風化させず、捜査を活性化させるひとつのきっかけづくりとして考案されたものです。したがいまして……』 『それで、どの事件が対象になるんですか?』記者が大臣の演説を遮る。人の話は最後まで聞けと、躾けられなかったらしい。 『それは捜査上の都合で、公表できません。解決の暁にはもちろん正式に発表いたします』 『あ、大臣、ちょっと待ってください!』『大臣、解決の勝算はあるんでしょうね?』『大臣!』  逃げるようにカメラ前から去って行く唐久保を記者たちが追いかけるところで、映像がスタジオに切り替わった。 「まあ、言ってることはわかりますけどね」桜木はチャーシューを齧った。「次々と事件は起こるのに、時効がなくなっていつまでも手が離れないジレンマ。帳場(捜査本部)がオミヤ(迷宮入り)で解散するのも悔しいけど、専従捜査班に残されて、もう捜査する取っ掛かりすらないのも苦痛」 「けどよ、十五年間も未解決だった事件に、いまさら遺族を入れたってなぁ」 「そうすね。何か気がついてんなら、とっくに言ってるでしょうしね」 「それよか、現職警官の補佐、ってやつが曲者さ」俺は鼻でせせら笑った。「そんな役回りに当たったやつこそ、お気の毒さまだな」 「まったくですよね」桜木も笑った。「俺は絶対ごめんですよ。そんなの態のいい子守じゃないすか」 「はは、なるほど、じゃ、遺族捜査係の隠語は、ベビー・シッターで決まりだな」  その時だった。俺の携帯が鳴った。  一課長からだった。  シンクロニシティ。
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