被害者遺族捜査権 第1部

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「リリ先生、よかったら事件の日のこと、話してもらえませんか?」慎は甘える口調で言った。「ぼく、一度も聞いたことないし」 「そうねぇ、あなたも一緒に捜査するんですものねぇ」  見た目の印象と異なり、占星術師はにこやかに応じた。 「そうだ、これ、もらったんですよ!」  慎はまた『被害者遺族捜査権付与証』を見せびらかした。住乃江は感心したように、まあ、すごいわね、と言った。殆ど祖母と孫の会話である。  彼女は手近の椅子に腰を下ろすと、俺たちにも適当に座るよう促した。慎は慣れた様子で、本の山からスツールを三つ発掘してきた。 「あれはもう、かれこれ十五年の昔になるんだねぇ」全員が落ち着くと、住乃江リリは話し始めた。 「あたしは元々、千津子さんのお父さんの相談に乗っていた。あの日も、お父さんのお供で『愛援会』のパーティーに行ったんだよ。出席者の中に、どうしてもあたしに見てほしいという人がいたものだから、紹介するって言われてね」 「愛援会は、母が主宰している慈善団体です」慎が補足する。「坂本龍馬の海援隊に因んで、父が命名したそうです」  海の男、定太郎らしいネーミングだ。 「千津子さんに会ったのは久しぶりだったと思うね。と言うのも、実はあたしは上泉家との縁組に反対だったのさ。二人のホロスコープを見るとあまりいい星が見えなかったからね。でも、千津子さんが上泉さんに夢中でねぇ。まあ、いい男だったから無理もないけど。千津子さんのお父さんにしてみても、上泉家との縁組は願ったりだった。お金持ちはお金持ちなんだけど、お父さんが一代で築いた土建屋さんだし、将来は政界に打って出たいと思ってらしたから、箔を付けたかったんだよ。そこへ行くと上泉家は由緒ある家柄だ。定太郎さんの祖父は満州鉄道の重役で、あの岸信介の右腕と言われた人なのさ。戦後もGHQとのパイプ役をしながら、商社のニチボウを起こした。それを大企業に育てたのが、定太郎さんの父親で、その三代目だからいわばプリンスだね。それでまあ、千津子さんと千津子さんのお父さんが、定太郎さんと定太郎さんのお父さんに猛アタックして、結局定太郎さんのお父さんが息子にうんと言わせたそうだよ。でも、あたしが反対してことが、何となく千津子さんにはわかっていたらしくて、結婚後は敬遠されちゃって、殆ど会ってなかった。すぐに圭ちゃんが生まれたし、その後には慎ちゃんも生まれたし、あたしの占いは外れたと思ってたんじゃないかね」 「あの、リリ先生。お父さんとお母さんの結婚より、事件の日のことをお願いします」あまりに長い脱線に、慎が軌道修正を試みた。  案外気さくなのか、それとも慎にだけ甘いのか、住乃江は、あら、嫌だ、年寄りの話はどうも長くて、と笑った。 「とにかく久しぶりにパーティーで会った時は、もう結婚して五年も経ってたし、幸せだったからわだかまりなくね、あたしに久しぶりに見てもらおうかしら、なんて言ったのさ。いまならホロスコープも、パソコンでちゃっちゃとやればすぐ出て来るんだけど、あの頃はまだそんなのなくてね。でも、あたしはホロスコープの記憶力がやけにいい方で、これはあたしの師匠にも褒められた。だからその場ですぐに、昔作った千津子さんと定太郎さんのホロスコープを思い出して、その日の星の位置と照らし合わせたら、ちょっと嫌な角度で金星が出ているのさ。まあ、専門的なことは退屈だろうから省くけど、正直言ってかなりよくない。でも、千津子さんに訊くと、定太郎さんは出張してる。方位的には自宅が危ないので、これはもしかすると子どもたちに何か危険が及ぶのかも知れないと思ったのよ。でもパーティーの席で不吉なことは言いたくなかったから、少しだけ気掛かりなことがあるから、差し支えないのであれば今日はお開きになったらすぐお帰りなさい、とアドヴァイスしたの。そしたら千津子さんが一緒に来てくれって言うの。夫も留守で心細いからってね。あたしもそう占った手前、嫌とは言えないし、それでついて行くことにしたの。千津子さんのクルマでね」 「帰りはちょっと時間がかかったんですよね?」 「そうだったわね。と言ってもあたしは行きのことは知りませんからね、比べようもないから、特にそんな気はしなかったけど、でも後で警察の人に随分しつこく訊かれたわね。ほんとはもっと早く帰ったんじゃないか、なんて疑いの目で見られて」  その警察の人が俺であるかのように、住乃江は咎めるような視線をくれた。こういう時は俺であって、森北ではない。 「運転手さんは、道が混んでたって言ってたそうですけど」 「まあ、混んでいたかも知れないけど……そうそう、あの運転手もね、まだ雇われたばかりだったそうで、あのクルマ、何だったかしら?」 「ベントレーか、ベンツかな? まさかポルシェやアストン・マーティンでパーティーには行かないでしょうから」  海の男はクルマ好きでもあったらしい。ガレージはきっと輸入車ディーラー状態なんだろう。 「とにかく外車でしょう? でも、あの人、左ハンドルに慣れてないみたいで、運転が危なっかしかったわよ。それでもたもたして遅くなったのに、道が混んでたって言い訳したんじゃないかしら」  しかしそれなら、行きも同様にもたもたしていたはずだが、慎はその点には触れなかった。「運転手さんは、その後すぐに辞めたんですよね?」 「そうね、いつかは知らないけど。あたしがこの家に住むようになったのは、事件の後、一年ぐらいしてからだもの。いつの間にかいなくなってたわね。千津子さんが暇を出したんじゃない? だって定太郎さんがいなければ、もうそんなにクルマにも乗らないでしょう?」 「そうですね……あ、ごめんなさい、今度はぼくがお話を逸らしちゃった」慎がぺろっと出した赤い舌の先端に、俺は切り取られた定太郎の舌を連想した。「あの夜のことに戻しましょう。とにかくクルマでこの家に着いて、それからどうしたんですか?」
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