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「あなたたちの子ども部屋を見に行ったわね。定太郎さんは出張だって言うから、まずはあなたたちに何かないかって。そしたらもう、天使みたいにすやすや眠っていて、それはもう可愛いこと」
住乃江リリに言われて、慎は照れた。
「でもあたしはまだ安心できなくて。だって泥棒という可能性だってあるでしょう? お屋敷中をチェックした方がいいって千津子さんに言ったの。それであの人が執事夫婦と運転手を呼んだのね。そしたら樫山くんのお父さんがね、あの頃執事だったけど、定太郎さんが七時半くらいに帰って来たって言うのよ。千津子さん、びっくりしてねぇ。え? 名古屋じゃないの?って。そしたら樫山くんのお母さんも、突然帰って来て、子どもたちは自分が寝かしつけるからもう下がりなさいって言われたって言うのよ。それでずっと離れにいたらしいの。そう聞いた途端、あたしも嫌な予感がすごくしちゃって。こう、背筋がぞくぞくっとしたのね。それですぐ定太郎さんを探そうって、まず子ども部屋の向かいの寝室を見たけどいないの」
「人がいた気配もなかったですか? 例えば、ベッドが乱れていたようなことは」
「さあ……よくは見なかったけど、何も気がつかなったけどね。それで三階を見に行こうってことになったの。他にいそうなところっていうと、まずそこだって千津子さんが言うからね。そしたら……」住乃江は皺くちゃの顔をさらに皺深くくちゃくちゃにした。「最初は寝てるのかと思ったのよ。それは穏やかな様子だった」
「母はどんな様子でしたか?」
「どんなって、あなた」住乃江は深いため息をついた。「あんなに惚れ込んで結婚した旦那さんですもの。定太郎さんに取りすがって、悲鳴みたいに激しく泣いて……あたしもね、人間があそこまで悲しむところなんて、それまで見たことがありませんでした」
占星術師は思い出に沈むように、体を椅子に預けた。そのまま椅子に呑まれて、地の果てに潜ってしまいそうだった。
薄暗い部屋の闇が、なぜか一段深まったような気がした。
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