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再び渡り廊下を通って、俺たちは玄関に戻って来た。尋問ツアーの終了だ。
「後はさっき紹介したいまの執事の樫山徹ですけど、彼も当時はまだ十三歳でしたし、発見の場にはいなかったので、あまり訊くこともないと思うんですけど」
慎が言ったので、俺は頷いた。
「そうですね。まあ、あさってまた伺うんで、何か思いついたらその時にでも」
「母に話を聞くのも、その時でいいですよね。ちょっと休むって部屋に入った時って、ほんとに昼寝する人なんですよ。わざわざ起こすのもかわいそうだから」
「ええ、結構です。じゃあ、今日は一旦これで」
「引き続きよろしくお願いします」
慎は十八歳の浪人生ではなく、いっぱしのビジネスマンのように頭を下げた。
見送られて玄関を出ると、爽やかな冷気が去って、殺人的な熱光線が突き刺さってきた。俺と森北がクルマに乗り込むと、まだ玄関に立っていた慎はもう一度丁寧に頭を下げた。
鉄の槍が並んだ門が、重々しく開いていく。
再び森北の運転で、俺たちは浮世離れした田園調布の屋敷を後にすると、殺伐とした桜田門に向かった。
「あの小僧、なかなかやるな」助手席に背中を預けて、ネクタイを緩めた俺が言うと、森北は、そうですね、と答えた。
「でも剣崎さん、残念なんでしょう? あの子に申請を取り下げさせようとしてたのに、全然そんな気配もなくて、やる気満々だったじゃないですか」
「お前さあ、他人事みたいに言ってるけど、自分の立場わかってんだろうな。このヤマしくってみろ、詰め腹切らされるのは俺とお前だぞ」
「いくら捜一に配属されたばかりだって、それくらいわかりますよ。夢がかなったと思ったら、いきなり貧乏くじ」
「あいつが取り下げてくれりゃ、そもそも俺たちが首を突っ込む必要がなくなる。貧乏くじも空くじで済むんだぜ」
「でも、もしホシを挙げられたら、当たりくじですよ」森北はさらりと言った。「それも大当たり」
「け、サマージャンボかよ」
「じゃ、剣崎さんはこの遺族捜査、見込みがないと?」
俺はポケットから煙草を出して、口にくわえた。火は点けずに、その感触と微かな香りを楽しむ。「来る前はこんなもん無意味だと思ってたけどな……まあ、案外いい部分もあるかもな」
「家族と言ってもさまざまですから、一概には言えませんけど、わたしもこの件に関しては結構可能性がある気がしました」
「だが、楽観は禁物だ。なんせ十五年前にオミヤ入りした難物だからな」
「そもそもどうして捜査は難航したんでしょうね?」
「まあ、捜査資料を読めば、大方はわかるけど、当事者に訊く方が手っ取り早い。気は進まねぇが、明日行くしかねぇな。もう段取りはしてある」
「気が進まない? どうしてですか?」
「手柄話なら、誰だって喜んで話す。けど、失敗談はそうじゃねぇ。しかも」俺はため息をついた。「相手は当時の管理官さまだからなぁ」
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