被害者遺族捜査権 第1部

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 翌日は雨だった。気温は幾分下がったが、代わりに湿度が高い。ちょっと体を動かすと汗が噴き出す。それでやはり俺はネクタイを緩めていた。 「締めた方がいいと思いますよ、ネクタイ」森北秋紀は、ちら、と見て言った。「相手は元管理官ですし、いまは警備会社の重役なんでしょう?」  ち、と舌打ちして、俺はネクタイを締めた。相手が偉いさんだからではない。決して。  東亜警備保障株式会社は一部上場、業界トップクラスの規模を誇る大企業だ。本社ビルは京橋にあり、最近改築したばかり、ぴかぴかの高層ビルだった。俺と森北は玄関から天井の高い吹き抜けのロビーに入り、受付に向かった。  警備会社だけあって、自社のセキュリティーも厳重だった。バッジを見せて名乗ったにもかかわらず、三十八階の役員秘書室から迎えが降りて来るまで待たされた。  セキュリティー・ゲートを通り抜けて現れたのは、俺好みのロングヘア―。清潔な色気ある美人で、男みたいなショートカットの口うるさい相棒とは雲泥だ。出来れば泥をここに捨てて、雲を連れて帰りたい。  受付で入館証を渡され、ゲートを潜って最上層行きのエレベーターに乗る。着いたフロアは高級ホテルを思わせるシックな間接照明で 前を行く美人秘書の引き締まったヒップが悩ましい気持ちにさせる。重厚な木の扉。ノック。開いた先には広々とした窓。その彼方は、東京の中心を遥かに見下ろす大パノラマだが、生憎今日は雨に煙っている。そして窓を背負った部屋の主は、背もたれの大きな黒いレザーの椅子にふんぞり返ったまま立ち上がろうともしない。 「ふん、不愉快な過去をほじくり返しに来たか」  嫌味に呟いたその顔には、噂に聞くゲジゲジ眉というものが貼りついていて、二匹の虫みたいにぴくぴく動いていた。
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