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美人秘書がドアを音もなく閉め、去ってしまう。名残り惜しいがどうせまたすぐコーヒーでも持って来るだろう。それを楽しみに、俺はゲジゲジ眉の方へ進んだ。
名乗っても、相手はじろじろとこっちを睨みながら挨拶も返さない。まあ、予想していた反応だ。
「大榎管理官」俺はわざと元の役職名をつけてやった。「渡辺刑事部長からご連絡が行ってますよね?」
もう管理官じゃねぇ、常務だ、と紋切り型で怒鳴るかと思ったが、案外そこはスルーして、大榎は不快そうに二匹のゲジゲジの間に深い縦皺を寄せた。「ああ、来たな」
「例の遺族捜査、上泉定太郎の事件が対象になりまして」
「聞いた」
「戒名で言えば、平成×年、田園調布商社社長殺人事件」
「くでぇな、聞いたって」
「今日はご挨拶と、当時の捜査状況をご教示願えればと思って伺ったんですがね。あのヤマ、ご記憶ですよね?」
「当たり前だろ。俺の未来を潰したヤマだ」
実際、この件を担当した大榎管理官は、容疑者すら特定できなかった責を問われ、出世コースから外された。だが、それでも五十五歳で退職し、この大企業に重役として天下れるのだから、キャリア官僚ってのはつくづくいい商売だ。
「大沢副総監とは同期だそうですね。あなたは優秀な管理官だと言ってました。それでも解決できなかったのは、相当な難物だったってことだ。われわれノンキャリのぼんくら頭で太刀打ちできるか心許ないんで、ぜひご協力いただきたいんです」
「謙遜するじゃねぇか、剣崎警部」大榎はデスクの上のケースから煙草を一本取り出した。無意識に俺の目が吸い寄せられる。勧められたらどうするか。いえ、やめてますんで、と断る? あるいは一本もらって、くわえるだけにする? だが、大榎は勧めなかった。「連続少女誘拐事件のホシを挙げたんだろ?」
「ラッキーだっただけです」
ダンヒルのライターがしゅぼっと小気味いい音を立てた。煙を深々と吸った大榎は、ふう、と青紫の細い煙を吐く。
「で? 何をご協力申し上げればいいのかな?」
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