被害者遺族捜査権 第1部

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「まず、早々に地取りを捨ててますね」俺は我慢できずに、内ポケットから自分の煙草を取り出し、口にくわえた。大榎は俺が火を点けるのを待ったが、そのままくわえ続けた。ダンヒルを差し出すかと思ったが、元高級官僚がノンキャリの煙草に火を点けてやるなんて屈辱的なことをするはずもなく、彼は俺の質問に答えた。 「あそこはお屋敷町だぞ。しかも事件が起きたのは夜だ。もちろん多少の聞き込みはさせたが、通行人は見つからねぇし、近隣の住人も何も見てない、聞いてない。地取りなんて意味がないのは、すぐにわかるだろう。人員だって無限じゃねぇんだ。効率を考えないとな」 「なるほど、勉強になります」俺はしかつめらしく頭を下げた。「そこから捜査方針を、ふたつに分けましたよね。ひとつは家族関係。もうひとつは仕事関係」 「それも定石だろ。大体コロシの大半は家族間のトラブルだ。一方、マルガイは商社の社長だし、仕事絡みってことも充分あり得る。だから両面で鑑の捜査にかかった」 「マルガイの女房は当夜、慈善団体のパーティーに出かけてましたよね。証言通りなら死亡推定時刻のアリバイはある。ところが、行きは一時間しかかかってないのに、帰りは一時間半かかっていた。この件については?」 「問題視するやつもいたな。そこに何か作意があるんじゃないかってな。けど、それで浮く時間なんて僅かなもんだ。しかも上泉のかみさんは、わざわざ占い師を同行してる。これは本人が自分から頼んだと言ってるし、占い師もそう言った。パーティーの列席者の中にも、その場面を目撃した人間がいたから確かだ。運転手もいるのに、ホシがわざわざ連れを増やすのは変だろう」 「逆にアリバイの証人をつくろうとしたのでは?」そう訊いたのは、森北だ。「身内同然の運転手だけでは、信憑性が弱いと思ったのかも知れません」  ゲジゲジ眉が不快そうにピクっと跳ねた。「委託殺人であれば、そうなるな。自分がアリバイをつくっている間に、別の誰かにコロシをさせる。それくらいのこと、考えなかったとでも思うのか? しかし、あの女の周囲に共犯者らしい人間はいなかった。そもそもあの日、マルガイが帰宅するとは思ってなかったんだ」 「共犯者がいなかったのではなく、見つからなかったんですよね? そしてその人物は名古屋までマルガイを尾行していた。そこで殺すつもりだった。それが思いがけず帰宅したので、やむなく上泉邸で犯行に及んだとも考えられます」  ドン!と大榎はデスクを叩いた。もっとも重厚なそれは大して揺れも、響きもしなかった。「おい、姉ちゃん。小理屈並べるのはガキでも出来る。なら共犯者ってのは誰なんだ? 言ってみろ!」 「わたしは可能性を申し上げただけです」森北は頭を下げた。「お気に障ったのならすみません」
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