被害者遺族捜査権 第1部

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「そこで、捜査はマルガイの仕事関係に注力することになった」俺は煙草をくわえたまま言った。「夫人以外には、家族と言っても小さい子どもしかいませんからね」 「マルガイの両親はいたが、伊豆の山奥に引っ込んでた。兄弟はなし。かみさんも一人っ子だ。割にこざっぱりした家族関係だったな」 「マルガイがニチボウの社長になったのは、まだ二十八の時でしたよね。そうすると父親もまだ若かったでしょう? それでもう引退ってのは随分早い」 「一度だけ会ったよ。当時、六十前だったかな。引退どころか、社長なんて表向きの看板はさっさと譲って、自分は政財界のフィクサー気取りで暗躍さ」 「フィクサーですか」何やら三文小説めいてきた。「暗躍って、どんなことをするんですかね」 「お前、バカか。そんなことわかるかよ。わかったら暗躍じゃねぇ、ただの活躍だ」大榎は鼻で笑った。「けど、あの頃、息子の友だちを政治家にしようとして盛んに動いてたって噂は聞いたな。実際、そのおかげか政治家になったしな」 「息子の友だちって、マルガイのってことですか?」 「そうだよ、決まってるだろ」大榎は鼻の穴から煙を噴き出す。「ご存知の唐久保法務大臣さ」  俺は思わず、森北と顔を見合わせた。 「唐久保大臣が、マルガイの友だちですって?」 「知らなかったのか」優越感を露骨に示して、大榎は言った。「K大の同期だよ」  そう言えば、上泉定太郎も長男の圭も、親子でK大だった。次男の慎は敢えてT大を目指して浪人中だったが。まったく、お坊ちゃんはみんなK大に行く。 「唐久保の親父も、知っての通り政治家だった。しかし、生来心臓に持病があって、健康不安から総理にはなれなかった。それで早々に息子に継がせようと考えたんだが、順当にいけば長男が候補だ。しかし、マルガイの親父は次男が息子とK大で一緒だったと知ると、こっちに継がせた方が何かと息子の役に立つと踏んだんだな。それで次男の英二に肩入れして、唐久保の親父に選挙資金の提供を申し出た。幸い長男はさほど政治家の地位に固執しなかったらしく、狙い通り英二が選挙に出ることになったのさ。事件の翌年だったかな。衆議院議員(センセイ)になったのは」 「ちなみに、マルガイの父親ってのは、健在なんですよね?」  俺が訊くと、大榎は頷いた。「ああ、未だに伊豆山中にいるらしい。まだ七十代のはずだし、相変わらず油ぎってんじゃねぇのか」  どうやらこれで、からくりがひとつ見えた。唐久保法務大臣は、自分が提案した被害者遺族捜査権法が成立しても、肝心の遺族から申請がないので焦っていた。そこへ学生時代の旧友が殺された事件が、なんとタイミングよく十五年目を迎えることに気がついたのだ。そこで当選以来、何かと支援してもらっているだろう定太郎の父親に泣きついた。遺族捜査の申請を出してくれないか、と。定太郎の親父にしてみりゃ、そもそも応援している政治家の窮地を助けて恩を売るチャンスだし、息子の仇を討つことにもなる一石二鳥。二つ返事で孫の慎に言い含め、申請を出させたという筋書だ。  祖父の頼みで、慎は張り切った。俺がいくら粉をかけても、申請を取り下げる気がさらさらなかったのは、きっと褒美でも約束されたのだろう。
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