7.噂に聞く珍獣

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7.噂に聞く珍獣

「管理官は何て言ってました? ぜひ頑張ってホシを挙げてくれ‥…なんて言う訳ないか」  新堂の言葉に俺も苦笑した。 「ですね。俺たちにホシを挙げられたら、自分の無能が際立ちますから」 「失敗することを祈ってるでしょうな。口にはしなくても」 「そう思うと見返したくなりますね。せいぜい気張りましょう」俺が言うと、新堂も、そうですね、と頷いた。 「管理官は、マルガイの仕事関係、特に社長の椅子を巡る争いがあったんじゃないかと思っていたようですが」 「そう、あの人は自分の思い込みが強くてね、そこに集中して人を割いてましたね」 「と言うと、新堂さんはその捜査方針には反対だったんですか?」  訊いたのは、森北だった。新堂は目をパチクリさせて、森北を見た。世代的にはゲジゲジ眉の大榎とさほど変わらない。また男尊女卑発言が出るかと思ったが、そこまで保守的ではないようだ。単に彼のこれまでのキャリアでは、女刑事と直接仕事をする機会がなかったので、戸惑っているのだろう。もっとも、俺だって、森北以前に女の刑事など、話に聞いたことしかない。噂に聞く珍獣ってとこだ。  新堂の横に座っている橘も森北を見ていたが、そのじっとりした舐めるような視線にはまったく異なる意味合いが混じっていた。おやおや、この坊やはどうやら気の強い男まさりがお好みらしい。恐らく警察学校時代から意識していたんだろう。しかし森北は一顧だにしないので、これは小僧の片想いと見た。 「反対とまでは言いませんが……」やっと新堂が答えた。「でも、わたしは絞り込むのが早過ぎると思いました。管理官はスピード解決を目指したんでしょうけどね」 「地取りも、すぐに諦めたそうですね」森北が言った。「家族も、奥さんと小さい子どもしかいないし、縁戚関係が複雑という訳でもない。したがって仕事関係が最も怪しいと睨んだっておっしゃってました」 「でも、女性関係の疑惑は残ってますよ」新堂は、この場にいない大榎に向かって口を尖らせた。当時は言えなかった反論。いや、いまでも面と向かっては言えないだろう反論。「わたしはマルガイの舌が切り取られたことに、大きな意味があると思いましたけどね」 「わざわざ絞殺した後に切ってますからねぇ」俺は同調して言った。「仕事関係ならそこまでやる必要はないでしょう。余計な時間だってかかるんだしね。新堂さんは、あれをどう思いましたか?」 「もちろん、マルガイが嘘をついたことへの怒りの表れでしょう」 「嘘ですか」俺は頷いた。「地獄で閻魔様に舌を抜かれるって、あれですよね?」 「そうです。犯人はマルガイが嘘をついたことに怒り、それを処罰するため殺人に至った。それを示すために舌を切ったと考えるのが、一番素直だと思いますがね」 「その嘘というのが、痴情関係だと?」 「それは、社長の椅子に関してもいろいろあったかも知れないし、そこでマルガイが誰かに口約束をして、後から裏切ったとか、約束を守らなかったということもあったかも知れません。それもまたひとつの嘘ではあります。けど、管理官の指示でいくら駆けずり回っても、上泉定太郎の社長就任は、案外周囲も歓迎していたようなんです」 「ほお、そうですか。あれだけの大企業にしては、めちゃくちゃ若い社長ですけど」 「しかし、創業者一族の御曹司ですし、サラブレッドで、いずれは社長になると誰もが思っていた。それが早まっただけ、という受け止め方だったようです。父親が会長職に退くとは言っても実質的には院政だったとすれば、お飾りの社長が若くても不安はなかったでしょう。そしてもうひとつ」  新堂は少し言葉を切って、続けた。 「あの会社はとにかくワンマン経営で、マルガイ以外、他に有力な社長候補もいなかったそうです」 「副社長はどうですか? 事件の後、社長に昇格してますよね」 「瀬下ですね? 直接会いましたが、エネルギッシュなタイプじゃなくてね。めぐり合わせで偉くなったって感じの、人の良い男でした。コロシをやってでも社長の椅子を取ろうなんて、脂ぎったところはまるでなかった」 「そうすると、マルガイが死んで、経営は大分混乱したんじゃないですか?」 「そうでしょうね」 「でも、未だにニチボウは一流商社の座から転落していません」 「そりゃあ、あれだけの大組織になれば、経営陣が多少混乱しても屋台骨は揺らがないんじゃないですか? それに、マルガイの奥さんね」 「ええ、上泉千津子」 「お嬢さん育ちの割りに、なかなかやり手だそうですよ」 「ほんとですか? 形ばかりの役員だって聞いてますけどね。昨日も平日なのに家にいたし」 「非常勤なんでしょうけど、でも、事件の後、経営陣をリードしていたのは彼女らしい。背後には妙な占星術師もいて……」 「ああ、会いました。住乃江っていう」 「そうです。あの女が知恵をつけてるようです」  確かに、経営を人任せにするなら、占星術師に頼る理由もない。 「実家だって、父親は叩き上げの土建屋だし、政界にも人脈がある。何かとバックアップしているんじゃないですか」 「すると会社の権力争いではなく、やはり女だと」 「マルガイは父親にかなり説得されて、渋々結婚したと聞きました。まだまだ遊びたかったんじゃないですか。写真、見ましたよね? どうです、森北さん、いい男ですよね」  不意に訊かれて、森北はたじろいだ。頬が微かに赤くなる。「ええ、そうですね」  それを見つめる橘の微妙な表情。 「まあ、いまどきの女性の好みじゃないかも知れませんが、彫りの深い、ヨーロッパの小説でよくあるギリシャ彫刻みたいなって形容がぴったりのハンサムだったようです。それで金持ちで家柄がいいと来たら、もてないはずないでしょう。愛人がいない方が不自然なくらいだ」 「で、実際にそれらしき人間はいたんですか?」  そこで新堂の眉間が曇った。「それがね…‥まあ、いればもっと追求してたんですが、なかなか尻尾を掴ませない。相当うまくやってたんでしょうな」 「秘書がいましたよね、とても有能だったとか」 「ああ、三ツ木裕子ですね」即座に名前が出るところを見ると、新堂もマークしていたのだろう。「美人でしたよ。有能かどうかはわかりませんけど」  新堂は遠い目をして、重ねた。 「そう、あれはいい女でしたねぇ」
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