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呼び出されたのは捜査一課でもなく、刑事部長室でもなく、いやそもそも警視庁ではなく、警察庁だった。勤続二十年以上になるが、ノンキャリの俺にはずっと縁がなく、行くのは初めてだ。警視庁のすぐ近くではあるが、一応桜木に場所を確かめた。五分で来い、という課長の鼻息の荒さからすると、道に迷ってはいられないと踏んだのだ。
「何やらかしたんすか?」
からかう桜木の声を背中に、俺は走った。嫌な予感がしていた。やつには黙っていたが、何しろ警察庁というだけではなく、長官室に来いと言うのだ。それは劣等生が校長室に呼ばれるに等しい。
待っているのは課長と長官の二人かと思っていたのに、通された部屋にはずらっと人が揃っていた。それも訓示などで遠目にちらっと見たことしかないような、お歴々の集まりだ。杵元警察庁長官はもちろん、五木警視総監、大沢副総監、渡辺刑事部長。見慣れた顔は萱場捜査一課長だけだ。
と思ったら、もう一人いた。見慣れたと言えば見慣れている顔。直に会ったのは初めてだが、たったいまテレビで見たばかりの顔。
唐久保法務大臣である。
首なのか……一瞬冷たい汗が背筋をつたった。しかし、俺には何も心当たりがない。無実の罪に問われる冤罪事件被害者の心境だ。大体一介の刑事を首にするのに、こんな錚々たるメンバーが揃うはずがない。
すると僅かの差で、もう一人通されて来た。まさか総理大臣だったら笑うしかないが、さすがにそこまでの厄日じゃなかった。とはいえ、見知らぬ若い女である。冤罪被害者仲間だろうか。女も何も知らされていないらしく、室内のメンツを見て顔色を変えていた。
「揃ったな」萱場一課長が言った。「大臣、この二人が本件を担当いたします」
唐久保はテレビで見るような、ジェントルマン風の穏やかなスマイルではなかった。神経質そうに眉をぴくっと上げ、値踏みするように俺を見る。そして、俺の隣の女を見る。
「非常に優秀な二人でありまして」課長の声は上ずっていた。この男がこんなに緊張しているのも珍しい。「剣崎オサム警部は、昨年、連続少女誘拐事件を解決した功労者でして、警視総監賞も何度となく受賞しております。森北秋紀巡査部長は所轄で刑事として経験を積み、優秀な成績を上げましたので、来月より捜査一課に大抜擢される予定であります」
「二人だけで大丈夫なのかね?」唐久保は冷たく訊いた。
「いえ、もちろん、従来からの専従捜査班も引き続き取り組んでおりますし、必要とあれば適宜人員を増強いたします。この二人はご遺族の方々と共に捜査をする担当者ということで、一応ご紹介をと……」
それでやっと納得したのか、唐久保は頷いた。萱場一課長がそっと汗を拭った。
一方、俺の方はまだ五里霧中だ。ヒントはたった一言。「ご遺族」だ。ついさっきも聞いたばかりの言葉。だが、まさか。
「被害者遺族捜査権法は私の発案で、総理の賛成も得て、一昨年成立、昨年から施行された」唐久保は値踏みするような視線のまま、俺と、隣の女に言った。「しかるに、遺族からの申請がなく、これまで一年以上、実際に捜査が始められることはなかった。このほどようやく申請があり、法務省、警察庁、警視庁の合同審議会で審査され、被害者遺族捜査権の付与が決定されたのは、今朝発表した通りだ。昼のワイドショーでもインタビューが流れていたと思うが」
いい予感は当たった試しがないが、悪い予感はなぜかよく当たるものだ。俺は半ば呆然と法務大臣の、よく動く薄い唇を眺めていた。
「しかしインタビューでも記者からの質問にノーコメントで押し通したように、きみたちが取り組む事案がどの事件なのかは極秘とする。そうしなければ遺族捜査第一号として注目の的でもあり、マスコミが殺到してご遺族にも迷惑がかかる。何より捜査に支障をきたすだろう。きみたちもこの点、くれぐれも承知しておいてもらいたい。だがもちろん!」
唐久保は声を大きくし、反射的に俺と女は直立不動。さすがに現職の大臣で、魑魅魍魎徘徊する永田町界隈を生き抜いてきただけあり、人間を操縦する術に長けている。
「最も重要なのは、是が非でも真犯人を挙げることだ。遺族捜査という画期的な試みを成功させることだ。これにより、時効撤廃と同時に問題視されてきた、未解決重大事件の増加を解消し、国民の警察に対する信頼を回復することなのだ。だから担当者の人選には、いまの警視庁が望み得る最高の人材をとお願いして、きみたちが選ばれた。そのことを忘れず、全力で取り組んでもらいたい!」
思わず、俺と女は敬礼していた。
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