7.精いっぱいの捨て台詞

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7.精いっぱいの捨て台詞

「いいじゃないか!」萱場一課長の吠え声が、朝っぱらから捜査一課に轟き渡った。「……と、唐久保大臣がおっしゃてるそうだ」 「本当ですか?」驚いた俺の声は裏返った。森北も俺の横ででかい眼を丸くしている。「昨日はあり得ないって言ってたじゃないですか」  その後、大きな事件は起こっていない。デスクにいた桜木は相変わらず暇そうで、パソコンを叩く振りをしながらこっそり耳をそばだてている。 「だから、大臣だ。大臣がいいって言ってんだ。俺じゃねぇ」 「でも、催眠術で得られた証言なんて、法廷で採用されませんよね」森北が言った。 「当たり前だ。だが、それが突破口になってホシが絞れたら、別の角度から証拠を挙げればいい」課長は苦虫を噛み潰した顔だ。「……と、唐久保大臣がおっしゃったそうだ」 「費用はどうなります?」森北が食い下がる。「遺族捜査権法では、年間五十万円を限度として遺族にも捜査費が支給されますが、これは主に交通費を念頭に置いています。セラピストの費用は該当しますか?」 「ふん、そこもちゃんと確認したよ。経理の見解では問題ないそうだ。領収書、もらっとけ」  俺はため息をついた。「大臣がらみとなると、経理まで甘いですね。こっちの領収書はなかなか通さないのに」 「文句はそこまでだ!」上意下達。萱場課長は手を振って議論を打ち切った。「で、催眠術師の手配はどうする?」 「催眠術師じゃありません、見世物じゃないんで。セラピストですよ」俺は答えた。「上泉慎が、OK出次第予約するそうです。なんか昔、退行催眠で行方不明者を見つけたというセラピストがいるそうで、その人に頼みたいと」 「そうか。じゃ、早速予約させろ。オッケー出たんだから」  渋々頷いて席に戻ろうとすると、背後から課長の声が追って来た。「あ、それからな」  振り向くと、もう一度こっちに来いと手招きする。  嫌な予感がしたが、逃げ出す訳にもいかず、課長席に引き返す。 「あのな、その催眠術の結果が出たらな」課長は少し声をひそめた。「唐久保大臣が直接報告を聞きたいそうだ」 「え? 大臣が? なんでですか?」 「なんでって、こいつはあの人にとっても政治生命がかかった重要案件なんだぞ。一刻も早く遺族捜査が成果を挙げましたってマスコミに発表したくて待ちきれねぇんだよ」 「また、集まるんですね、総監以下が」  俺の憂鬱は加速した。 「何暗い顔してんだ、チャンスだぞ、大チャンス。羨ましいぐれぇだ」  そう言う萱場一課長の顔には、羨望なんかかけらもなかった。 「いつでも代わりますよ」  それが俺に出来る、精いっぱいの捨て台詞。  席に戻ってどしんと座る、森北も隣に座る。「じゃ、上泉慎に電話します」 「ああ、頼む。けど、セラピストには、これが遺族捜査だとはなるべく言うなと釘を差しといてくれ。そっからマスコミに漏れないとも限らねぇからな。ある事件の捜査で、どうしても必要だぐらいにするようにって」  森北は頷いた。  まあ、後は野となれだ。こんな妙な捜査方法に許可を出したのは俺じゃない。大臣さまなんだから。 「羨ましいぐれぇだ」  元はいま森北が座っている席にいたが、パートナー・チェンジで俺の背後の席に移った桜木が、すっと椅子を滑らせて来て、俺の耳元で囁いた。へたくそな物真似。  無言で睨みつけると、へへへ、と笑ってまたデスクに向かう。  隣では森北が慎に電話している。ほんとですかぁ、やったー!と、ガキじみた歓声を上げるのが聞こえるようだった。
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