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夏が来ると、あの不思議な日々を思い出す。
家のベランダからこっそり抜け出して眺めた星空。そこで出会った不思議な女の子。そして彼女が見せてくれた、果てしなく美しい世界。
「私が好きな青は、真っ青でも水色でもない。空色でも、瑠璃色でもない。ぜーんぶ合わさった、地球色なんだよ!」
それは不思議なくらいに青く、そしてひたすらに美しい、記憶──。
***
生まれて間もない妹の泣き声が、リビングに響き渡る。キッチンにいる母に聞こえないように、僕はこっそり溜め息を付いた。
「ああもう……満月? どうしたの?」
満月をヒョイと抱き上げ、慣れた手付きであやす母。泣き声の正体は空腹らしかった。
「ごめんね流生、お母さん今から満月にごはんをあげにいくわ。食べ終わったら、自分の皿をちゃんと洗ってから部屋に戻るのよ?」
「……分かったよ、母さん」
そのまま母は満月を連れてリビングを後にした。リビングには僕1人だけになった。
「──またかぁ」
再び溜め息。今度は思いっきりだ。
妹が生まれてから、僕は1人でご飯を食べることが増えた。母は妹に付きっきりで世話をしていて、最近はあまり僕に目を向けてくれない。大好きな父さんは、単身赴任で最近会えないままだ。
小学生にもなったし、お兄ちゃんだから我慢しなきゃ、とは思っている。しかし母との時間を容赦なく奪う妹は、時々恨めしく思ってしまう。
味気ない夕飯をさっさと食べ終え、皿を洗って一階の自分の部屋に戻る。
入学祝いに買って貰ったばかりの机。漫画や小説が入った本棚。季節はずれの白いふかふかのカーペット。あとはベッド。それ以外の部屋の住人は、強いて言えば机の上の地球儀だろうか。
電気を消して、窓沿いに置かれたベッドに倒れ込む。ふぅと息をつき、カーテンを閉め忘れた窓をチラリと見る。
「あ……星きれい」
澄んだような星空が、窓枠に囲まれて1枚の絵のように見えた。たしか今日は新月だったはずた。だからこんなにくっきり見えるのだろうか。
気付いたら僕は、近所の公園に立ち尽くしていた。かすかに残っているのは部屋の窓から抜け出した記憶。
長いこと息苦しい思いをしていたからなのか、久しぶりに解放感を感じながら星を見ていた僕は、隣に女の子がいることに気付くのに一瞬の間があった。
「──ぅわっ!? び、びっくりした……」
「お、やっと気付いたねぇ少年。こんな夜に現れるなんて、君は夜の妖精さんか何かかな?」
制服のようなものを着た年上の女の子は、そう言って僕の顔を覗きこんだ。彼女の深く青い目と目が合って、急に我に返る。そうだ、僕はなんて常識はずれなことをしているんだろう。
「……僕は妖精なんかじゃない。お兄ちゃんになったのにこんな迷惑なことをしちゃう、だめな子なんだ」
「ふーん、そっか……。ねえ君、星が好きなのかい?」
「え……? きらいではないけど……。でも今は、星を見てるといやな気持ちがスウッてなくなったんだ。不思議だね」
それを聞くと、彼女は嬉しそうに笑い、その場でくるりと回った。ふわりと揺れるスカートに少しドキッとしてしまう。
「それはきっと星が好きっていう証拠だよ。星好きに悪い子なんていないさ」
「それ本当じゃなさそう」
「根拠はあるよ。星空を見ることは、広い宇宙の一端を見ることと同じだからさ。スケールが大きすぎて、世の中の嫌なことなんて気にならなくなるんだよ!」
「たしかに……あの大きな星だってものすごい遠くにあるんだよね」
「夏の大三角形だね! あの1番大きな星でもね、地球から17光年も距離があるんだよ!」
光速17年分か……。やっぱりスケールが僕たちの世界と比べて違い過ぎる。
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