Phase1 - 1 仕事がなくなる日

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Phase1 - 1 仕事がなくなる日

時折吹く風が、夏の汗ばんだ肌を心地よく乾かしてくれる。 世間では真夏にも関わらず、スーツ姿で行き交う会社員の姿が目立ち、立ち止まってはタブレットを片手に次のアポイント先の確認をしている。 「外回りの仕事は大変だな。私はバックオフィスの冷房が効いた部屋でしか仕事したことないから、あんなふうに働くことできないだろうなあ。」 花井さくらは、そのように呟きながら、プログラミングの勉強のために通っている、東京テックアカデミーへ向かっていた。リュックの中に入っているJavaプログラミングの本の重さで、余計に暑さを感じる。 花井は、新潟県の北洋大学商学部卒業後に状況し、新卒で入社した中小食品メーカーであるミツル食品の経理事務として春先まで働いていた。ミツル食品は、社員数80名ほどの企業であり、主に飲食業者を顧客として、カット野菜をはじめとする根菜類を取り扱っている。世間ではホワイト言われる仕事であり、月末以外はほとんど定時で帰ることができた。給与はそれほど高いとは言えなかったが、趣味の時間を確保することができていたために、不満どころか恵まれた環境で働いていると思ったほどだ。 花井がミツル食品へ入社したのは特別な理由があったわけではない、学生時代にアメフト部のマネージャーを務めており、部活動にすべてを捧げていた学生生活だったために、就職活動に乗り遅れてしまったという背景がある。引退と同時に主食活動のための情報収集を始めたが、その時には既に首都圏の学生は内々定を得ている学生のほうが多かった。 一方で、当時の花井には特段やりたいことというものは無く、商学部で会計の授業を履修しており、簿記2級を取得していたため、とりあえずで経理事務を受けていたところ、ミツル食品から内定が出たのだ。 半年前ーーー 「さくらさん、交通費精算の処理はできていますか?」 「あ、ちょっと待ってくださいね、もうすぐでミスが無いかの最終チェックが終わるところです。」 「ありがとう。もう定時だし、確認が終わって印刷したら今日は帰っても大丈夫ですよ。」 花井の上司にあたる桐島は、ミツル食品の経理課長である。経理は桐島と花井の2名しか在籍していないため、まだ27歳という若さではあるが経理課長を任されている。課長と言っても、名ばかり役職者であり、管理職として働いているわけでもなく、基本的には総務部長の指揮命令のもとで働いている。 桐島は絵にかいたような真面目な青年であり、年下の花井に対しても常に敬語で接している。 「桐島さん、月末は疲れるというか、面倒くさいですよね。ひたすら手入力で、もうなんか頭回んなくなってきました。」 「でもしっかり目視したほうがミスもないでしょうし、毎日そんなに多くの入力作業があるわけじゃないので頑張るしかないですね。確かに面倒ではありますが、今までそれで困ったことやトラブルも起きていないので・・・。」 「そうですけど、眠くなっちゃうんですよ。」 「それが終われば帰って横になれるので、もう少しだけやりましょう。」 桐島は本当に若いのだろうかと思うぐらいに、なんとなく昭和な雰囲気を漂わせている。季節に限らず常にジャケットとネクタイを身に着けており、家の中でもその格好でいるのではないかと思わせるほどだった。ユーモアで人を笑わせるキャラでもなければ、非常に面倒見が良いかというとそうではない。しかしながら、桐島を悪く言う人もおらず、黙々と仕事をやり遂げる姿はむしろ評価されており、花井も何かあったときに頼れる先輩社員として尊敬している。 聞いたところによると、桐島は東北の有名大学の経済学部出身であり、同級生の多くはメガバンク、商社、メーカー、コンサルティングファームへ入社しているものの、口下手で人見知りだったこともあり、大手企業の一次面接は連敗続き。ようやくミツル食品の面接を突破することができたとのことである。ミツル食品側からすると、有名大学の人材を採用できたことはほとんど無かったために、桐島の入社を非常に喜んだそうだ。 花井は交通費精算の仕事を終え、帰宅の準備をしていたところ、総務部長と社長が大きな声で談笑しながら帰ってきた。 二人は取引先のお客様に誘われて、IT技術のセミナーに参加しており、ちょうど帰社したところだった。どうやら取引先があるシステムを導入したところ、その費用対効果に感動し、仲が良かったミツル食品の社長である金村と、総務部長の飯野を誘ったという流れらしい。飯野は誘われたというよりも、社長に無理やり連れていかれたというのが正しいだろう。 仕事もせずに外をフラフラ歩いてていいなと、花井は内心そう思っていた。 金村が製造部長の北原へ、意気揚々と話しかけた。 「北原君、RPAって知っているか?」 「RPAですか・・・いえ、初めて聞きましたので存じ上げませんが・・・」 「いやー私もね、ニュースでちょっとだけ名前を聞いたことがあって、詳しくは知らんかったんよ。ありゃ凄いぞ。」 「ITのアプリか何かでしょうか?」 「違う違う!RPAってのはな、ロボ・・・ロボティックス・・・なんやったかな、ロボティスク・・・」 感動して帰ってきた割には、そこは覚えていないのかいと花井は突っ込みたくなったが、相手にしている時間もないのでそそくさとオフィスの出口へ向かった。 金村の発言を待っても、答えが出ることはないと悟った飯野が、金村に助け舟を出す。 「社長、ロボティック・プロセス・オートメーションです。」 「ああ!なんかそんな感じやったな。飯野君よく覚えているな!まあ何でもええわ。そのRPAっちゅうのをな今後・・・」 特に会話の内容に興味が無かった花井は、会話の邪魔をしては悪いと思い、小声でお先に失礼しますと発してオフィスを後にした。 「ロボロボロボって、うちでロボットでも雇うんだろうか?そうなったらロボット君につまんない入力作業お願いできるのかな。」 花井はそんな妄想をしながら帰宅をしたが、すぐにそのことは忘れてしまった。 1週間後、営業部への辞令が自分に出されるとも知らずに。 To Be Continued...Phase1-2へ続く ※RPAについての解説はPhase1-3でやりますので、現段階での理解は不要です。
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