Phase 1 - 2 仕事がなくなる日

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Phase 1 - 2 仕事がなくなる日

次の日、会社に行くと少し雰囲気が違った。 社長の金村も、総務部長の飯野も、製造部長の北原もいつもと変わらない様子である。その他にも事務所には複数の社員がいるが特段変わった様子は無かった。経理課長の桐島を除いては。 普段は真面目に黙々と仕事をしている桐島が、なぜか今日だけは仕事が手についていないようだった。視線はディスプレイに向いているが、マウスを持つ右手はただ機械のように上下に動いているだけで、画面が何度もスクロールされている。何かを確認しているということもなく、頭の中では別のことを考えているというのは明らかだった。 時折漏れる溜息を朝一番から聞くのは、気分が良いものではない。 「藤田さん、桐島さんがなんかずっと溜息をついていますけど、何かあったんですか?」 花井はそれとなく隣の席にいた派遣社員の事務の藤田に聞いてみた。 「やっぱり花井さんも気づきましたか?桐島さん、私が出社した時からずっとあんな感じなんですよね。桐島さんって奥さんや彼女さんっていましたっけ?ほら、失恋とかそういうのなんじゃないかなと思いまして。」 「プライベートのことはあまり知らないのですが、結婚しているという話は聞いたことないですし、桐島さんって恋愛よりも仕事に生きている人って感じがするので、失恋とかそういうのにはあまり縁がないんじゃないですかね。」 「分からないですよ、ああいう人って、一度好きになってしまったら周囲が見えないほどに一途になるって言うじゃないですか。絶対に女性が絡んでいるんですよ。桐島さんが落ち込むってよっぽどじゃないですか。花井さん、桐島さんに直接聞いてみてくださいよ」 「えっ!私がですか!」 「ほら、桐島さんって良い人なんだけど、何か話しかけづらいところありますし・・・。そういうの聞けるのって花井さんだけだと思うんですよね。」 「えー!・・・分かりましたよ。ランチの時にでもちょっと聞いてみますね。」 「なんだったのか絶対に教えてくださいよ!」 「了解でーす」 とりあえず、まだ月末の処理が残っている花井は、桐島の様子を気にしつつも、自分の仕事に集中することにした。業務中も桐島からは溜息が漏れていたが、今はそれどころではない。月末の処理を完了させないと残業地獄が待っているからだ。 昼休憩の時間になり、花井は桐島に話しかけようとしたが、時計の針が十二時を指すとほとんど同時に立ち上がり、ランチに出かけてしまった。ランチの時間中も残務処理をしていることが多い桐島が、ランチの時間になると同時に席を立つことは珍しい光景だった。やはり何かあるに違いないと確信した花井は、桐島が帰ってきたタイミングで話を聞こうと考えた。 四十分後、ランチから桐島は帰り、自分の席についたが、周囲には金村と飯野もいたため、事務所内では話すのは難しいと考えた花井は、エレベータホールへ桐島を呼ぶことにした。 「桐島さん、少しだけ聞きたいことあるんですけど、ホールのほういいですか?」 「・・・今じゃなきゃダメな話でしょうか?」 「いや、その、今じゃなくてもいいと言えばいいんですが・・・あ、でも五分だけで結構なので、お願いできますか?」 「分かりました。なるべく手短にお願いします。」 桐島の言い方が少し癪に障る感じではあったが、この時には桐島に何があったのかの好奇心のほうが勝ってしまい、とにかく早く真相が聞きたいと思っていた。飲みかけの缶コーヒーを片手に、花井の後ろを重い足取りで桐島がついてきた。 ミツル食品では雑談をしたり、事務所内では話せない相談をしたりするときには、よくエレベーターホールで話すことが多かったので、誰もその様子を気にすることはなかった。唯一、藤田だけはガッツポーズのようなジェスチャーをして目を輝かせていた。まるで花井に、真相を聞き出すのを頑張ってくれと応援しているようだった。 エレベータホールに到着し、花井が桐島に核心に迫る内容を単刀直入に投げかけた。 「あの・・・言いたくなければ結構なんですけど、桐島さん今日は何かありましたか?」 「何かとは?」 「いえ、何か今日の桐島さんはいつもと違うというか、よく溜息をついているじゃないですか。純粋にどうされたのかなと思いまして。あ、別に嫌だったとかそういうのじゃないですよ・・・でも、桐島さんらしくないなって思っちゃいまして・・・」 桐島を怒らせてしまったのではないかという恐怖心もありつつも、桐島の回答を待った。桐島は何か思いつめたような顔をして沈黙した後に、ゆっくりと静かに話し始めた。 「・・・やはりそう思いますよね。すみません、なるべく冷静にいなければと思っていたのですが、どうしても気になってしまうことがありまして、午前中はそのことばかりを考えてしまっていました。もし花井さんの業務に支障をきたしてしまっていましたら、申し訳ありません。」 「そんな、私は別に大丈夫ですよ!謝らないでください!・・・どうされたのですか?もしよかったらでいいので、教えてもらえませんか。私なんかじゃ力になれないのは分かっていますけど、もしお手伝いできるようなことがあれば言ってください。」 「手伝いか・・・それは少し違いますかね。花井さんも当事者の一人だと思うので、逆に私は花井さんが何か思っていないかを心配していていたぐらいですよ。」 唐突の言葉に花井は驚きを隠せなかった。自分とは無関係のこと、むしろ恋愛関係であれば桐島自身の問題だと思っていただけに、勝手に当事者だと言われて困惑してしまった。桐島に何かをしてしまったのだろうか、会社で何かミスを犯してしまったのだろうか。様々なことが頭の中を駆け巡るも、思い当たる節は何もなかった。 桐島は花井のことを気にしているようだが、花井には特に悩みこんでいることはなく、それが桐島とも関係があるとなると、余計に何を言っているのかが分からなくなってしまった。 「あの・・・当事者ってどういうことですか?何か私してしまいましたか?」 「花井さん、本当に何も思っていないんですか?」 「何にもと言われましても、私には何も思い当たることがないんですよね・・・」 桐島が花井を置いてきぼりで話を進めているように感じてしまい、困惑しつつも、桐島に対しては何のことなのかハッキリと言って欲しいというイライラも募ってきていた。どうしてみんな回りくどい言い方をするのだろうか、もっとストレートに言えば話も早いのにと思いつつも、相手は先輩社員であることに変わりはないので、冷静になれと自分に言い聞かせて話を進めた。 「桐島さん、私も当事者と言ってましたが、本当に何も思い当たることが無いんです。どういうことなのでしょうか、教えて頂けますか。」 「あれ?花井さん昨日社長が帰ってきたときにオフィスにいませんでしたか?」 「えっと、確かに私はいましたけど、ほとんど入れ違いぐらいで昨日は帰りましたので。」 「そういうことですか。なるほど、それでは金井社長の話も昨日は聞いていないということですか?」 「なんかロボがなんちゃらって言っていたのは覚えていますけど、それ以外には何も。」 花井がロボという単語を発した時に、明らかに桐島の顔が変わるのが分かった。喜怒哀楽を表現したというよりは、まさに俺が言いたいのはそれだと言わんばかりの顔をしていた。 「そう、花井さんが言ったこと、まさにそれなんですよ、私が悩んでいて、そして花井さんが当事者であると言ったのは。」 「え?ロボットが何で桐島さんや私に関係があるんですか?」 「ロボットじゃないです。どこまで聞いたか分からないのですが、花井さんはRPA(アールピーエー)というIT技術はご存じですか?」 花井は学生時代よりIT技術には無縁の生活をしていた。もちろん、パワーポイントやエクセルなんかは利用したことはあるが、それ以外はさっぱりであり、RPAという言葉も人生で初めて聞いた単語だった。 「アールピーエー??いえ、初めて聞きましたけど、そんなこと社長言っていましたか?」 「ほら、花井さんはロボって言っていましたよね?」 「はい、昨日社長がロボがなんとかって言うのは聞いていましたから。」 「それですよ。それがRPAです。」 「え?どういうことですか?」 「RPAっていうのは頭文字三文字を繋ぎ合わせた略称で、正式にはRobotic Process Automationと呼びます。このRとPとAを繋げてRPAということが多いですけどね。」 「ああ!何か思い出しました!確かに昨日飯野さんがそんな単語言っていましたね。ロボティック・プロセス・オートメーションって。確か社長と飯野さんがそれに関するセミナーに参加して、凄い良かったって盛り上がっていましたよね。」 聞き慣れない単語ばかりを桐島が並べるので、初めは全くついていくことができないと思ったが、確かに昨日事務所内で、社長が名前を完全に忘れていたところを飯野がフォローしたことを花井を思い出した。そこで出てきた単語がロボティック・プロセス・オートメーションだった。 「そうですね、社長が熱く北原さんに話していたことが、まさにRPAのことだったんです。」 「うーん、正直RPAってよくわかんないんですけど、それが何か問題でもあるんですか?」 「問題も何も、僕も花井さんも、仕事なくなりますよ?」 桐島からの急な言葉に、何と返せばいいのか花井は分からなかった。 花井にとっては全く整合性もない、唐突な話だったので、この人は何を言っているのだろうかと懐疑的に思う一方で、普段冗談すら言わない桐島が溜息をつくほど悩んでいたことには変わりないとも思った。そして、さすがに話が飛びすぎて、花井の理解は全く追いついていなかった。ただでさえ聞き慣れないRPAという単語が出てきており、その上仕事がなくなると言われた花井は、今何の話をしているのかを理解するだけで精いっぱいだった。 To Be Continued...Phase1-3へ続く。
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