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『出てきてよ、』
「彼」が目覚める。
胸の真ん中が熱くなり、辺りの空気が微かに震えだす。
井戸水も音を立てて小さく踊り始め、鳥たちが歌いだし、大地が一瞬身震いをする。何も知らない者なら地震だと思うかも知れない。だがこの村ではお馴染みの前兆。
『出てきて、僕の、アースドラゴン…!』
呼応するように胸の辺りから勢いよく飛び出したそれは、半透明で朽葉色をしたドラゴン。辺りの葉や小枝が風に舞って小気味良い音をかき鳴らす中、僕は目を伏せて彼に命令した。
『井戸の中に落ちたんだ、おばちゃんの大切なもの』
閉じた目の奥はアースドラゴンと同じ視界。同じものが見えるし感覚も分かる。
体の太さは僕より少し大きい、長さは僕の五倍くらい。建物も大地もすり抜けられる体で一気に井戸の中へ入っていく。
水中は静かでほの暗いが、僅かに届く日差しが柔らかく辺りを照らしている。
キンと冷えた水がとても心地よい。
水が揺れる度に光が跳ねる。音も光も鈍くなるこの場所が、僕にはとても気持ちよく感じられた。
幻想的。
そんな言葉が脳裏をよぎる。思わず目を閉じて浸りたくなるが、今はその時ではない。
静かに底へ向かうと、明らかな人工物を見つけた。僕らはそれを抱くように優しく咥えて地上に引き上げていく。
視界が明るくなると同時に2人の歓声が上がった。
「ああ、それよ、それ!!」
「おお!それだ!ありがとなぁ!」
二人にあたたかく出迎えられたそれは、水色やピンクで鮮やかに装飾された陶器のまん丸い豚の貯金箱だった。
うん、確かにとっても大切なものだよね。
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