26人が本棚に入れています
本棚に追加
「蒼希!」
広場に戻る途中、聞きなれた声に呼び止められて胸が高鳴った。
「心花…」
「今日の成人祭、予定通り日没と同時に開始だって!……蒼希?聞いてる?」
「き、聞いてる…」
正直、僕の気持ちが心花にバレているのではないかと気になって仕方ない。
「顔、赤いよ?ちゃんと水分とってる?」
「だっ大丈夫。」
「本当?なんか変だよ?ちょっとうちで休んでいきなよ」
全く異常はないが若干の下心を隠しながら心花の家で休ませてもらう事にした。
「おねーちゃん!ちょっと来てー!蒼希が多分熱中症気味!」
「あ、いや大丈夫。ちょっと休ませてもらえれば…」
二階からお姉さんがバタバタと階段を降りてきて、少し罪悪感を感じる。
「蒼希君、大丈夫?ちょっと待ってね!」
お姉さんはソファのクッションやクマのぬいぐるみ、ファッション誌やなんかをあっという間に片づけて僕に横になるようにと促した。
立て続けに心花が糖分や塩分を混ぜたドリンクと冷やしタオルを持ってきてくれた。
「蒼希、あたし先に広場に行ってるからゆっくり休んでね!」
「え、心花!ちょっと待って…」
バタバタと心花は宴の準備に行ってしまい完全なる罪悪感が僕を支配する。風の通る部屋でソファに一人残され、なんとも居たたまれない。
「何やってんだ、僕は…」
せっかくなので冷やしタオルを額に当てて火照りを冷ます。
気持ちいい…
じっとりと汗ばんだ肌に当たる風がやたらと心地よく、風鈴の音も爽やかだ。普段ならばとても良い気分だが、今の僕にその気分を味わう資格はない。
もやもやする気持ちをドリンクで一気に胃に流し込むと爽やかな柑橘の香りが鼻から抜けていった。きっとレモンか何かを絞って入れてくれたのだろう。
「蒼希くん?」と、お姉さんがなにかを察したように僕の顔を覗き込んできた。そして酒屋のおじちゃんと同じ目をして「あれ?熱中症気味だっけ?」と聞いてくる。
「…いや、、、」
何と答えたら良いものかと言葉に詰まっているとお姉さんが顔を近づけて小声で囁く。
「聞いちゃった♡好きなんだって?心花のこと」
「うう…」
心花の身内にまで知れ渡っているなんて!
僕は再び真っ赤になり、心花のくれた冷やしタオルを両手ではさみ顔の前に立ててお姉さんに頭を下げた。
「内緒にしてください!お願いします!!この通り!」
「ええ~?どうしよっかな~?」
「お願いします!なんでもします!!」
「それならさ、」
お姉さんは一旦言葉を切ると急に真顔になって、少しためらうように一度視線を落とす。そしてもう一度僕の目を見据えると静かに言った。
「あの子のこと、守ってやって」
僕はそのお願いの真意が分からず聞き返そうとしたが口をつぐんだ。お姉さんが何かを覚悟したように目を潤ませていたからだ。
いつの間にか風は止み風鈴の音もなく、家の中にゆっくりと暑さが溜まっていく。
窓から見える空はオレンジ色に染まり始めている。どこかで鳴いているヒグラシが夏の終わりを感じさせた。
最初のコメントを投稿しよう!