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青年の落胆は募る
短冊に願い事を書くという文化は年々縮小している。ここ、東山魚地区も例外ではない。しかし今年のスーパーでは、例年の十倍規模の笹と短冊が飾られていた。パンダが見たら大喜びしそうな短冊コーナーで、肩を震わせる男が一人いる。その男の頭の中で、ある約束が反響していた。
「とある色の短冊を数えていき、七十七枚目に目に付いた短冊の願いは必ず俺が叶える」
男は過去の発言を後悔するように、肩を震わせる。
「和彦ちゃんも大変ねえ、おやすみの日なのに」
レジ打ちのおばちゃんが、和彦の肩を他人事のようにバンバンと叩いて去っていく。あまり人との接触になれていない彼は、七夕好きで有名な(和彦としては不本意ながら)変人青年で通っている。今は亡き父の教えにしたがい、変人であれど決してウソつきではない。
「こんな力を手に入れさえしなければ……」
約束をした彼の自業自得に見えるかもしれないが、和彦がうなだれるのも無理はない。青年は、七夕の日にどんな願いでも叶える能力を持っていた。その代わり七夕という行事がなくなれば、死ぬ。
そんな呪いを幼少期にかけられている。だから七夕を盛りあげるべく、あんな約束をしてしまったのだ。その能力を世間に公表することに抵抗はあったものの、近年の七夕をかえりみればいたし方なかった。
みんなも子どもだましだと思いつつも、和彦のやたら整った顔立ちに魅了され参加した。和彦が生まれ持った、名前と和服が似合いそうな顔が説得力を生んでいたのだ。
そして受験合格という現実的なものから、IQ3億になりたいという自己の魔術的変化を望むものまで、多種多様の短冊があつまった。
おかげで勤めているスーパーの七夕関連の商品も売れた。つまり思惑通り盛り上がったのだ。では、なぜ和彦はため息をついているか。それはごく簡単な理由だった。
『世界がぐちゃぐちゃになりますように 折田姫子』
七十七枚目に見つけた紫色の短冊……それに書かれたこの願いを、叶えなければならなくなったからだ。何度か短冊から目をそらして、光のあて方で願いが変わらないかと無為なことも試してみる。
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